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父との別れ 1

2011年の正月明け早々

電話を取る私に
母が例の言い回し。


落ち着いて聞きなさい…


この20年、父はいつどうなっても
おかしくない状態だった。
だから私はいつでも覚悟は出来ている
つもりでいたが
お正月の元気だった父の様子を妹から
聞いていたばかりに
少々事態を飲み込むには時間が必要だった。


父は今朝救急搬送されたと言う。
話せるし、元気になってきたから
大丈夫なのだけどね…と母。


しかし、泣いたり
パニックを起こしている暇はない。
父に会いたいのならば
私は早急に進まなければならない


飛行機の時間を確認。
1日2便の福島行き。
今から急いで支度をすれば
夕方の便に間に合うようだ。
ダンボールに適当に荷物を
放り込み早退させた子供たちと
空港に向かった。

ダンボールには、喪服を入れた。

不謹慎だと自分でも思うが
迷っている暇はなかった。
後で父が回復し、笑い話になればそれでいい。


私にはわかっていた。
本当はわかっていた。

母が、私に父の容体を
報せて来ることは
危篤であるということ。

遠くに住む娘に
心配をかけまいと、救急搬送されようが入院しようが
1度も報せて来たことなどなかった。

全てわかっていた。


11月に、私は父に生まれて初めて
長いメールを送った。


父がいなくなる前に
言っておかなければならないと
考えた訳ではなく
なんとなく、ただなんとなく
父に伝えたいことがあったから。


つづく

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