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中一(食事について 2)~家での食事

同居したころは、マルも小学生だったので
義父母に合わせ、夕方6時が夕食の時間と決めていた。

食事中には、義母が一人で喋り続け
子供たち2人が、私と話したいのに話せないという状況が続いていたのと
義父母は、もう少し早くに食事をしたいこと
私たちは、もう少し遅くに食事をしたいことで
平日は、義父母と別に食事をとるようになった。

食事の準備は1Fのキッチンでして
義父母の食事を出したら、2Fの分を持って上がるという感じに。

週末は、家族全員での食事を習慣にしていた。


いつしかマルは義父母と一言も口を利かなくなっていたし
旦那に正座で怒られたあの日からは、旦那とも口を利かなかったが
週末のその時間は、食卓につき
私に、食事の感想を伝えたり、何かしらの会話もしていた。




私との喧嘩の後にはマルはよくハンストらしきことをした。
その日も、確か 何かのきっかけで言い合いになり
気分を損ねたマルは、食事を採らないと言い出した。


食事をいらないと言い出したら
絶対に食べないのを知っている私は、もう説得もせず
勝手にしろと、放っておいた。

しかし、翌日には
前の日の喧嘩のことなどなかったように
ふるまった。

マルが自然に食事ができるように。




お腹が減っていたのだろう。


いつもと何も変わらず、私は食事にマルを呼んだ。
マルは、1Fに降りてきて自分の席に着いた。



マルが食べようとした瞬間のことだった...




お前も、根性のないやっちゃなあ!!!

食わない言うてたの昨日のことやないか(笑)


まあええわ。 味わって食えよ!!!






旦那の言葉に




マルは、食事を採らず無言で自室に戻った。



私も、このセリフを言った旦那を未だに許せてはいないし
思い出すだけでおぞましい。


それまでは、何があっても食事には来ていたマルが
あの日からもうずっと週末は自室から出てこなくなった。


その後、数日食事を拒否し続けたマルに
水分と、せめてお菓子だけでもと
無理やり食べさせ、週末は自室に食事を運ぶことにした。



正直 こんな親になるとは思っていなかった。


引きこもりに食事を運ぶ親を見て、バカじゃないのかと思っていた。
そんなことをするから、子供はつけあがるのだと思っていた。


だから、最後まで抵抗感でいっぱいだった。


でも、食事はさせたかった。
すべての源になるものだと信じていたから
食事だけは、きちんと食べさせたかった。



家族みんなで鍋を囲むって、あたりまえの光景だと思っていたけど
それはすごく幸せで、贅沢な時間だったのだと
今になると、些細なことがすごく懐かしくなる。





追記


旦那は、食いたくないやつは何日でも放っておいたらいい。
食わずにはいられなくなって、向こうから折れてくる
お前は、ここで負けるからあかんねん!

と言った。

正直、その気持ちはわからんでもない。
でもそれは間違いなくマルには通用しない。
折れるくらいなら、餓死を選ぶ子だと私は知っている。

それに、食事の権利を子供から決して奪ってはいけないと
私は思う。
どんなに喧嘩をしても、食事抜き!という罰は与えてはいけないと
思っている。

大人はこっそり、外で食べることができるが
子供は、それすらもできない。

あの いやらしい

味わって食えよ の一言が今も耳から離れない。



マルの部屋に食事を運ぶことについて
それこそ旦那は烈火のごとく反対したが
私は、こんなことにしたのはあなたの一言があったからだと伝え
食事だけは、採らせたい。
それでも反対するなら離婚するから。

と、私は意思を貫いた。





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