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自分を消さずに済んだ小さな自信

朝の会、帰りの会について記事にしたが

悪いことばかりではなかった。



今日は、誰かを褒めてみましょう!先生の呼びかけに 

クラスメイト達は、次々に手を挙げていった。

もちろん、私もたくさん手を挙げた。

人のあら探しは大の得意だったが、それだけ人を見ているので

長所を探すのも得意だった(笑)



○○君は、足が早いです!すごいと思います。

○ちゃんは、正直にこう言ったので偉かったと思います!

○君は、○君が怪我をした時に、ランドセルを持ってあげていました。

○さんは、給食で嫌いなものを頑張って食べていました。

○さんは、消しゴムを忘れた時に 自分の消しゴムを割って貸してくれました。
あの時は、ありがとうございました。




人を褒めるのは楽しい。

人の良い所を発表することは気持ちがいい。

私は、どんどん発言した。 思うがままに...



○さんは、3年生の5月頃からこんな事を言っていましたが
それをきちんと今も実践されているのですごいと思います。

○君は、あまりいい人と思われていませんが
実は、1年生の子を背負って帰っているのを目撃しました。

○さんは、いつも筋道立てて話をするので
とてもわかりやすいし、話し言葉もきれいなので
参考にさせてもらっています。




私の発言は、いつも余計な一言が混じっていたり
変な視点だったと、後にわかるのだが
こんな感じだったと自分では記憶している。
...楽しかった。


でも、その一方で

私は、自分がターゲットにされる帰りの会よりも

こんな雰囲気の会のほうが苦手だった。

いたたまれなかった。


たった30人足らずの学年...

6年間クラスはずっと一緒。

誰もが一度は、褒められているこの”気まぐれホメ合い会”にて

私は、いまだかつて 褒められたことがないからだ。


下手をすれば、褒め合い会であるにも関わらず
いつもの吊るし上げに変化してしまう危険性もはらんでいた。
そうなると、私の受けるダメージは数倍になってしまう。
そんな時には、ホメホメ会で吊るし上げられちゃう自分なんぞ
消えてしまえばいいと思った。
でも、このまま私が、透明になって消え去っても
人々の記憶に残るのだ。
人々の記憶から私に関する記憶が綺麗さっぱり消えてくれるのなら
私は、どんなことでもする。 なんて事も考えた。
それほど、自分の存在は恥ずかしいものだと認識させられてしまう
機会でもあった。


5年生のとある日...
とても素敵な名前を持つ女の子が 手を挙げた。

私の方をゆっくり見つめながら、立ち上がった。


私は、素敵子ちゃんに何かしたっけ...? と
頭をフル回転させ、考えた。
何か言ったっけ? 何かしたっけ?
祈るような気持ちで、彼女の発言を待った。



すみれちゃん、友達のことよく褒められる子だと思います。


その後で Yちゃん、Aちゃんが続く


あ...それ 私も思ってた!

すみれちゃん、人と見てる所が違ってて面白いと思うことがあります!
よく見てるなって...。


それに、すぐごめんって言うよね。

そんなに、すみれちゃんが悪いことじゃなくっても
すみれちゃん、すぐに謝るから 喧嘩になりにくいと思います。




足の早いI君が

すみれちゃんは、言い方がキツイけど 結構優しいところもあります。


S君が
そういえば、いつも誰かに悪口言われてるけど
すみれちゃんが、誰かの悪口言ってるのあんまり聞かないと思います。




熱い.....

何だか、瞼の上が熱くってたまりません。

その時、泣いてはいけないと思いながらも

ポタポタと、勝手に床に落ちていく涙を止めることが出来ませんでした。




6年間無欠席で、どんなに熱が出ても学校へ通った甲斐があったものです(笑)

私は、この時の クラスメイトの言葉を

今でも大事に大事にしているし

色んなことがあったけれど この数人のたった一言で 

小学校は、何だか楽しかったなぁ... と

いい方向へ記憶を塗り替えることが出来たから。



そして、この時にかけてもらった言葉通りの人間になろうと

未だに、心がけている。

大きな大きな、目標を頂いた。



きっと、本人達は覚えていない。

ただの気まぐれだったかもしれない。

でも、それでも 私にとったら奇跡のような出来事だった。






私は、今 自分の長所を聞かれると


人の長所を見つけることが得意です! って


胸を張って言うことにしている。



私が、存在しても良いという 小さな自信も頂いたのである。

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褒め上手は

叱咤激励の「激励」が上手な人は天才をこの世の中に送り出すことが出来るのじゃないかと思います。
褒め上手は、どこかの誰かの心にずっと住み続けることが出来ると思います。

人を褒めるときは、どこかで自分も褒められると良いなと思っていることもありますが、罵る言葉よりもどれだけ心地よいかと思います。

いつも思うのですが、すみれさんの記憶媒体の能力はとてもスペックが良くて、読んでいるとグイグイ引きこまれていきます。
その記憶能力を少し分けてもらえればと思うこともありますが、忘れる方の能力に長けている千成でした。

旦那の頼み事は忘却の彼方へ~

@千成さんへ

@千成節と言ったら失礼なのかしら?
ほんまに、素敵な表現しますよね~
誰かの心の中に住み続けるなんて
何ていい言葉なんだろう!
瞼が熱くなります。(目頭と言ったほうが良い?)

そうだね~褒める人は
自分も褒められたがってるっていうのは、そうかもしれない。
それに限らず
無意識に、見返りを求めてしまうのは
人間の性ですからね...
褒められたいから、褒めるぞ!
と思って褒めたことはないけれど
私、褒められるの大好きやし(爆)

ただ、何か裏があって
褒める人は、すぐにわかります。
非常に気持ちが悪い。
自分が褒められたいから褒める人だな
って伝わってしまったら
申し訳ないけれど褒めません。
あ...でも人によりけりかな。
同じようなことで
よく自慢をする人がいますが
自慢はどちらかと言うと好きな方です
ただ、何度もされるのは×
こちらに対抗意識を燃やしての自慢も
×
自分がそれだけの努力をして
手に入れた自慢や
私に、自分を良く知ってもらいたい
大きい人間だと思わせたい
みたいなのは、すごく好きかも...
だから、ちょっと仲良くなりたくて
でも方法を知らなくて
頑張って褒めてみよう! 
というのは、好きです。
見え透いていても大好きかも。

スペックなんて言われたら
なんかカッコいいね(爆)

(ボソッ...昨日の夕食覚えていない
って言えない....)
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