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記憶の中に存在すること

いじめなどについてのフラッシュバックの危険のある方は
本記事をスルーしてください。







中国史に興味があった私は、文化大革命にまつわる本もいくつか読んだが
そんな時に、いつも頭を過ぎるのは
小学校時代の、規模の小さな粛清の記憶だ。

何が帰りの会なのだ?
ただの弾圧、粛清に他ならない。

一体何のために、誰のためにあのような非建設的な話し合いが毎日二回も
(私の学校の場合)
行われていたのか甚だ疑問である。

問題なのは、教師も加担していたことだ。

ターゲットは、教師までが加担することで完全に逃げ場がなくなり
ただただ、解放される時を待つ。


たいてい、議題は クラスの権力者(主に女子)の個人的恨みで
その問題をクラス全体で話し合って一体何が得られるのか?という
稚拙なものだった。
それと、人を追い詰めることに快感を覚える性質の人間が
これまた、どうでもいいことを訴え、クラスではそれに同意しないと
今度は、同意しない人間を ”普通はこう思うはず!”
”そう思わない、思えない人はおかしい!”と攻撃するようなこともあった。


もちろん、私は (もちろんなのか!?) 議題キング。
いつの間にか、人の恨みを買い槍玉にあげられることが日常だった。


書いてもいない落書きを書いたと言われ
黒板に、落書きと同じ言葉を書かされ 素人筆跡鑑定にて黒だと
決め付けられたこと、朝の全校朝会で
犯人がわかりました! と校長がマイクで発表し
名前は言いません... と言いながらも、校長、教職員が
私のことを一斉に見たこと。
言ってもいないことを言ったことにされ
謝罪させられたりすることもあったが
誰かが私の悪口を書いたゴミを捨てていたという
意味のわからん事件は
捨てた本人が槍玉に上がりながらも
なぜ、そのゴミを捨てたのか? という加害者側の主張に
(いや...ただ単に、私のことが嫌いだったとのことだったが)
みんなの興味が移行してしまい
結局は、そのゴミを捨てさせた人間はすみれである。
みたいなオチになった一連の出来事は、今や笑える思い出ではあるが
わたしの中で風化はしない。


記憶というものは、すり替えられる。
いとも簡単に...

かく言う私も、記憶力にはちょっとした自信があるが
すり替えは起きている。
自分では気がついていないものだから断言は出来ないけれど
すり替えが起きる方が自然なのだと思っている。
そうしなければ、生きていけないのだから。

ただ... 映像は別。

見たまま、聞いたまま、感じたままの記憶は
一生すり替えることが出来ないのだろうか?

あの時、教室の窓から入って来た風

あの時、手を挙げて発言した男子の机から
落ちたカンペン、散らばる鉛筆


人は、古き良き思い出として懐かしく語り合う。
確かな記憶を持つものは一人もおらず
その時の感情や、思い込みで 記憶はどんどん
塗り替えられる。
その矛盾に誰も気がつかない。


過去の出来事は、今や終わったことで
それに対し、恨みや憎しみはない。
むしろ、今の私の形成において必要不可欠だったと
感謝している。

でも、”すりかえられた正しくない記憶”の中に自分が
存在していることは、とても苦しい。










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No title

私の高校時代は
同じクラスの男子数人から始まった嫌がらせが学年の男子全体に広がり
青春ってヤツを謳歌するはずが
すっかり3年間を棒に振ってしまいました

もし今、そいつらが目の前で血まみれになりながら助けを求めているとしても
華麗にスルー出来る自信があります

いつまでも執念深い私と違って
すみれさんは流石です!
恨みや憎しみはないなんて…
いやぁ、自分、まだまだッス!
いつか「感謝」の境地に至れるよう頑張るであります!!


記憶のすり替え、勉強になりました!

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小学校の同窓会…

なんてものがあったら、たぶん行かないだろうな。

帰りの会の映像記憶はいつか風化するのかしらん?

アスパラでお世話になってるわーです。

私も帰りの会は好かん人でした。

この世の中、例え無茶な意見であったとしても、大多数が賛同すればそれは道理となり、本来の道理は引っ込まざるを得ないようですね。

因みにうちの両親の口癖は、世の中矛盾だらけ。

10/03/17 鍵コメ様

コメント拝見しました。
ありがとうございます。

あん&こむさんへ

> 私の高校時代は
> 同じクラスの男子数人から始まった嫌がらせが学年の男子全体に広がり
> 青春ってヤツを謳歌するはずが
> すっかり3年間を棒に振ってしまいました

高校時代にですかっ!?
それはキツイなぁ.... しかし、高校生になってまで
そんなくだらん思考の男共、どんな人生送ってんだか...
気持ち悪い。

>
> もし今、そいつらが目の前で血まみれになりながら助けを求めているとしても
> 華麗にスルー出来る自信があります

その表現が、リアルすぎ~。
もちろん、そうだと思うよ。
助ける義理はないわね。それを誰も冷たいとは思わないよ。
当然なのではないでしょうか?

>
> いつまでも執念深い私と違って
> すみれさんは流石です!
> 恨みや憎しみはないなんて…

人の心の傷なんてものは、人によりけりですよね。
いつまでも忘れられない人もいれば
記憶をしまいこむことが出来る人もいれば
すぐに忘れてしまう人もいますしね
多くの人にとったら、取るに足りない出来事でも
大きな心の傷になってしまう人もいれば
多くの人にとったら、きっと気が狂ってしまうだろう
という出来事でも、気丈に受け止めることが
出来る人もいますよね。
私の場合は、そのどちらでもないんですよ。
そこが、私に人としての温かい血が流れていないのでは
ないのかと思ってしまう所です。

人に対して起こったことに 熱くなることがあります。
例えば、なっちゃんの息子さんがイジメを受けたら
私は、発狂しそうになります。
加害者を地獄の果てまで追い詰めたいと思います。
でも、自分に起こったことに関してはそこまでの感情は
生まれません。
一見、正義感に溢れているようですが、実は全く別物で
自分に起こっていることの認識がうまく出来ないのが
大きな原因ではないかと思っています。

認識が出来るようになり
すべてが繋がるのが、その出来事があった
だいぶ後になってしまうので (時には数十年)
時すでに遅し... 自分の感情もぶつけようがない
謝りようがない 修復しようがない
ってパターンも多いので
許すとか、感謝とかそういった気持ちに置き換えないと
やってこれなかったのかもしれません。

小学生の時、仲の良かったお友達が
教室の端で、私のことを宇宙人だよね、あいつ宇宙人だよね
って口々に言っていました(笑)
今思えば、いい得て妙ですね。
私は、圧倒的に傷つけられたことより
人を傷つけた方が多いと言い切れるので
その点からでも
私なんぞと、お付き合いしてくれてありがとう。
たくさん傷つけてごめんなさい。
という気持ちも強く持っています。



狸穴猫さんへ

小学校は、行きましたよ~。
タイムカプセルを掘り起こして来ました
私が、絶対に行かないのは 中学ですね...
帰りの会の映像記憶は、風化しないような気がします。
人と話していて、その人の話を聞いていると
そんな感じだったなあ、と思うし
それを踏まえて自分が思い出すと、その人の話に
影響を受けた記憶が都合のいいように再生されていくんですよね。
でも、たまに 映像でパッと浮かんで....
あ...違う...! ってハッとしたり。
気付いたものはいいとしても、きっと気付かないことの方が多いから
記憶のほとんどは、都合のいいように
塗り替えられていくものなんだよなぁ...
と、最近の出来事なんかでもちょこちょこ思う場面があったので
書いてみました~。

時に、みちゃぽん すごい上達している様子ですね~。
ほんまにはまったらとことん一家でござんすね。
いつか聴かせてください。

わーさんへ

> アスパラでお世話になってるわーです。

わーさん、ここでははじめまして。
コメントありがとうございます。


> 私も帰りの会は好かん人でした。

あはは。好きな人はおらんよね。
あ。。。 責めるのが好きな人は楽しみだったかも...


>
> この世の中、例え無茶な意見であったとしても、大多数が賛同すればそれは道理となり、本来の道理は引っ込まざるを得ないようですね。

多数決でしたね~なんでもかんでも。
教師がそれを推奨してましたから。
学校と言う枠の中では、それも仕方が無かったのかもしれませんが
それは、必ずしも真実や正義ではないことも同時に教えてもらえないと
大人になってからも引きずるんよね~


> 因みにうちの両親の口癖は、世の中矛盾だらけ。


ほんま。 
私も、矛盾しているけどね
世の中の矛盾は、すぐに目に付くわ(笑)

最近、忙しくて数ヶ月お休みの上に
家の引越しや 色々で次回の出席が夏以降になりそうです。
次回お目にかかるときには、よろしくお願いします。

10/03/20  鍵コメ様

なんと申し上げたらよいか...
すみません。
大変な時に、私は自分のことばかりで
余計に考えることを増やしてしまった
本当にごめんなさいね。

No title

小学校の頃の記憶は、今ではもうかなり薄らいでいる千成です。
結局楽しくなかったからなのですがね。これはこれで便利な脳の機能だと思います。

色んな事を書き込んでは消して、また書いては全部消して。
感じたことや書きたいと思ったことは色々あるのだけど、どうもまとまらない。


記憶をすり替えられるのって、ある意味、人間の防衛機能として備わっているんだろうと感じます。

@千成さんへ

まとまらないって、よくわかります。
私は、他サイトでいつもそれですから~♪ すごく伝えたいのに伝えられないこの気持ち~♪
それで、最初は数時間かけて
コメントを打ったりもしたのですが
結局、上手く表現できずに誤解されたり、自分でこりゃ送信できんな...
って自己完結しちゃって送らずじまい
になったりで、コメントするのが
大の苦手になりやした。
コメントって、難しい...ほんま。
ああ、この話で記事が1本書けそうだからやめておこう...(笑)

私も防衛本能としての機能もあると思います。
そうしなきゃ、とうに精神が崩壊してしまうことってたくさんあるように
思います。
人間ってよく出来ているなぁと思います。

あとは、第三者と話したり
自分の思い込みや、感情でも
どんどん変わりますね。
これが一番怖いですね。
話が大きくなるとかもこれに
関連していますよね...
決め付ける人
思い込みが激しい人
妙に自分に自信が満々の人
は、わたしの中では要注意です(笑)

身近な話では、うちの旦那は
しょっちゅう 私から聞いた話を
さも自分が仕入れてきたかのように
偉そうに披露します。

あと、同じ話を何度もする人が
いますが、そういう人は
たいていお喋りな人だと思います。
あちこちで話しているので
誰に話したかごっちゃになっているんですよね...
で、たいてい 以前聞いた話よりも
ちょっと大きくなっていたり
異なる点がいくつかあります。
人の記憶は、恐ろしいです。
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