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がむしゃらに怒りを抑える

一応前回からの続き。


さて、今のわたしは.....


もちろん基本は怒りんぼう。三つ子の魂はやはり百まで。
でも、それを抑えるコツを私はいくつか学習した。
これが、恐らくズレにズレていると自覚しているが
何しろ極端にしか動けないもので、違う方法は難しい。


1. 人を見ない。

人を見ると、表情が目に入る。ちょっとした表情の変化が気になるし
それが、気に入らないと怒りの原因になる。
というのが一つ。
もう一つは、人の行動や言動を見ていると、突っ込みたくなるし
特に、子供に関しては やれ汚れるだとか、やれちゃんとやれだとか
いちいち指摘することが嫌なので、余程のことがない限りは
見ないようにしている。
ネットの世界でも同じで、私が他サイトにお邪魔しないのもこのような理由もある。
ちなみに、よそのサイトのコメント欄は一切見ないので
自分の入れたコメントが、ものすごく浮いていることもあるらしい。
私の真上の方がコメントした内容と全く反対のコメントをして
結果的に真上の方の否定をしてしまうようなこともあったらしい。
申し訳ない...





2. 人を頼らない、信用しない、期待しない。

期待をしてしまうと、外れたときにがっかりしてしまい、それが怒りに変わるかもしれない
人間は、たいていのことは 自分ひとりで処理できるものだし
なるべく、誰かに迷惑をかけずに生きていくことは可能だと
うちの旦那との生活で身をもって感じている。
極論だがうちは、もともと母子家庭だと思っていれば、旦那に期待することもないし
頼ることも無いのだ。

「どうして自分のことしか考えることが出来ないの?

もっと家のことや、子育てに協力してよ」



なんて愚問は、口にしなくて済む。
すべて、私がやったらいい。
だって、旦那はいないのだから。
誰かがやってくれると思ったら大間違いだ。



仕事でも、友達との付き合いもそう。

私は、相手に絶対に


普通はこうするのに....

常識ではこうなのに、どうしてしないのできないの?
も求めない。


だから、誰かに


普通はこうだよね? と言われると答えられなくて困ってしまう。


普通はこうだよね?という普通は、単なる自分の価値観にすぎない。

これも、相手に期待を寄せず 相手の良い部分を常に尊重していれば

誰かが、自分の価値観から外れた行動をしたとしても
それほどの怒りの原因にはならない。




3. 人を好きになる


これは、2と矛盾するかもしれないけれど 私が一番大事にしていること。

初対面で、たいていの人間を嫌な奴だと思ってきた私が
10年ほど前から、全く真逆の トレーニングを始めた。

まず、目の前にいる人を大好きだと思えるように心がける。
嫌な感覚は出来るだけ排除。
幸い、いつの間にか 様々な感覚のシャットダウン機能が備わってきているので
耳から、目から、鼻からの嫌な刺激は 手遅れになる手前で
シャットダウン可能になっている。

そこから、その人の長所を些細なことから どんどん思い浮かべる。

眉毛が素敵! みたいなバッカみたいなことでも、なんでもいい。
いくつも、いくつも、イメージしているうちに
その人のあらかたのイメージは出来上がる。

基本的に、人が好きな私は、昔から一度好きになった人間は
どんどん好きになれる。短所も、何もかもがその人の持ち味として
受け入れることが出来るようになる。

そうなったら、こっちのものなので 人間に対し
腹をたてることは、劇的に少なくなる。




正直、極端だし、こうして書き出してみるととても寂しい人間のようにも思える。
しかし、”今の私”には まだ この方法しかないのだ。
今は、大きく分けて人生の第二ステージで 

とにかく怒りを・・・・がむしゃらに怒りを抑える方法を

実験中とも言うべきか。


第三ステージでは、これらを踏まえて もっと柔軟になっていればいいけれど....
 


 



では、私の怒りの対象は、どこにあるのだ? 




つづく



追伸

コメントのお返事、少々お待ちくださいませ。

テーマ : 発達障害
ジャンル : 福祉・ボランティア

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