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恐怖のボットン

私が、軍隊式の小学校に転校したのは3年生の時で
それまでは街の(この言い方田舎っぽい)
小学校にバスで通っていた。

なぜ、遠くの学校にわざわざ通っていたのかと言うと
軍隊小学校が木造校舎でトイレがボットンだったのである。

私は、ボットンが怖くて怖くて仕方がなかった。

母の実家がボットンで
私はよく泊まりに行ったがそのトイレを使うことができなかった。

では、どこで用を足していたかというと...

もちろん外だった。

庭のちょっとした家庭菜園の隅が
雨が降ろうが雪が降ろうが私のトイレだった。

ある日の事...

外から帰ってきた叔父が、私の母に血相を変えて何か訴えている。
母は見る見るうちに怒り出し

こら~!すみれ!ちょっと来なさい!


恐る恐る近づくと、いきなり母のげんこつが飛んできた。



あんた!ここの家の門柱にウンチしたでしょう!!


門柱が何かはわからなかったが、確かに覚えがある。
門の両脇にある、石でできた柱に登って用を足した...


あんたって子は!
もうやっていい事と悪いことの区別がついてもいい歳なのに...!

母は怒り心頭だった。

私は、何故怒られているかは理解できたと思う。
やっていいことと、悪いことの区別もできているつもりだったのだが
こういう突飛な行動をしてしまうことがあった。

私は、なぜそこで用を足したかというと、私なりの理由があった。

いつもの畑が肥やしの臭いでとても臭かったことと
家の裏手に行ってしゃがんだら
ヘビの穴みたいなものを見つけたのだ。

私が用を足している時にヘビが出てきたらどうしよう!!
と思ったら、家の敷地内の地面ですることは出来なかったのだ。

でも、それを子供の私はうまく説明できなかった。

説明した所で、大人たちが納得するわけないって
今の私ならわかるけどその時の私は
説明すればわかってもらえるのに何て言ったらいいか
わからないもどかしさで、パニックになった。

すごく悔しくて泣きながら喚き
壁にドンドン頭をぶつけたように思う。

そして、そんな私を母は引きずり髪を引っ張り
棒のようなものでお尻を何度も叩いた。

あの時の、親戚中の唖然とした顔は今でも目に焼きついている。

汽車の中のボットンが私には一番の恐怖で
あの大嫌いなウネウネした汽車の繋ぎ目と
ガッタンゴットンの大音量の場所にあるトイレで
用を足すことはとうとう出来なかった。

とにかく殺されるほどの泣き声で暴れたらしい。

こんなことがあったので
(門柱事件は、私が小学生の時の話だが)
私がボットンで用を足すことが不可能であると判断した両親は
街の小学校へ入学させた。

私の絶対に出来ないことを認めてくれて
守ってくれたと今では両親に感謝している。



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ぼっとん…こわいわ

私もダメなのよ~特に列車の中のなんて
足元グラグラするし…
なんか私がダメな理由は便器から手が出てくるマンガを読んだからだと思うんだけど…
子供ゴコロにすっごい恐怖だったわ~
でも、入学先を変えてくれるなんてホントやさしいご両親よね!
そうじゃなかったら…すみれさん、小学校生活
多分…フン詰まりだったわよね…

おかんさんへ

まさに、フンづまりだったね。でも、両親に精神面で助けられたのって、この記憶くらいよ。とても少ない。
ほんとはたくさんあったのかもしれないけど
そんなことに気づく余裕がなかったのかな。
私も、便器から手が出るとかいろいろ考えた。あと、落ちたらどうすんのよ!って!
シンドラーのリストって映画で、ナチスに追われた幼いユダヤの子供が、ボットンの中に
隠れるシーンがあるんだけどその時、すごく衝撃受けて、私って
なんて甘えているんだろう!と思ったよ。
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