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電車を止めたワタシ -歪んだ思い




電車を止めたワタシ 1
http://kokoronohiroba.blog89.fc2.com/blog-entry-565.html




電車を止めたワタシ 2 
http://kokoronohiroba.blog89.fc2.com/blog-entry-566.html





電車を止めたワタシ 3 
http://kokoronohiroba.blog89.fc2.com/blog-entry-567.html






電車を止めたワタシ 4 
http://kokoronohiroba.blog89.fc2.com/blog-entry-568.html





前回までの話 ↑







この後に、私が考え行動したことは、最後の章に残して

この回では、男性が運ばれた直後から
数年間に渡る私のこの出来事の受け止め方について。
それに付随してきた様々な感情について書いてみたいと思う。


あの男性の異変に気がついたのは、私たちが最初ではなかった。
私たちが気づいた時には、周囲ではすでに傍観していたし
あの男性の件にほんの少しでも関わったのは

イヤホンの男性(様子を見に来た、駅員さんに救急車で運んだ方が良いと進言した)
座席を譲った女性
私にボタンを押すことを指示したなっちゃん
そして、私。


のたった4人である。



あの後、なっちゃんと何度も何度も話したのが

もし、あそこに自分の大切な人が乗っていたら

助かっていたのか? ということ。


人々は、私が動いたから動かなくていいやと思ったのだろうか?


それとも、私が動いてなかったら、誰かが動いたのだろうか?


私も、ボタンを押す前に足がガクガク震えたが
なっちゃんは、恐怖でその場から動くこともできなかったそうだ(涙)
(口だけは動くのよね...と後で言っていた(笑))
私たちは、そんなに決断力もないし勇気もない。
でも、事実として周囲の人間はあの男性がヤバイかも...
と思っていても動かなかった。
だから、私たちが動く他に道はなかったのだ。


男性が、何度も床に足をついている状態で
座席にしがみついて立っているのに
なぜ、平気な顔で座ってられるのだろう...
無理にでも、勧めてそれでも拒否するのなら
自分は、立っているという選択もあると思うのだが...

具合の悪い人も、目に見えない障害も
外見からは想像もつかない理由でそれができない人も
いるかもしれない。
でも、ここにいる全員がそうなのだろうか?

脂汗をしたたらせて、何度も倒れている人を
どうして放っておけるのだろうか?

こういうことを疑問に思う私は
価値観を人に押し付けているのだろうか?


私は、人の道や正義を語るほど出来た人間ではないのに
そういった人々の行動を受け入れることが出来ない。
色んな人がいることも、様々な事情があることも
承知しているのだが、どうしても受け入れられない時がある。

しかし、普段はそれを表には出さない。
表に出さないというか、無理に受け入れるよう
自分なりの工夫はしている。

例えば、こちらが優先の道路で、乱暴に割り込みされた場合
旦那は、腹が立つらしいけれど
私は、たいてい” 病院に急いでいるのかもしれないし
それこそ、家族が危篤かもしれんし... ”と思うようにしている。
もちろん、完璧な人間ではないから 腹が立つこともあるのだが
たいていは、そんな風に受け流すことが出来る。




なぜかというと、それは 

私が人一倍そういった行為が


大嫌いだから!!


人一倍ムカついて仕方がないから!!




人一倍、人の粗に気がついて
人一倍、気が短くて
人一倍、正義感をふりかざしたい



私は、それを出せば終わりだと思っているからこそ
多くの大人と同じように
それを隠して ストレスにならないよう 
感情を上手く変化させて、生きる術を
現在進行形で日々身に着けている。

でも、どうしても自分の中で変化できないこともある。
今回のように、対象が複数の場合....それはとても難しい。
だって、全員に事情があるとは思えないし
逆に、いつも少数派の自分だからこそ....
本当は自分がまちがっているんじゃないかっていう
恐怖も常にどこかにつきまとう。
(とてもややこしいのだが...自分が正しいと思って、相手を非難しても、
相手の考えの方が正論だと諭されることが多い。
だから、人に対して腹立だしさを覚えたときは、要注意だよ!
と自分に言い聞かせることにしている。)


しかし、今回の件では、それだけでは片付けられない
非常に複雑な感情が入り乱れることとなる。

結局....私は、この出来事のしばらく後で
自分を痛めつけた経緯がある。


なぜ、わたし?

車両から降りて、大声で駅員さんを呼んだときも


なぜ、わたし?


と、感じたことは 他の乗客と一緒ではないか?
偉そうなこと言って、結局同じ。
いや....えらそうなことを言っていた分、自分の罪は重い。
もともとたいした人間じゃないくせに、変な所に潔癖すぎる私は
何だか、自分の思想が穢れているような気がして仕方がなかった。
そして駅員さんの対応や、周囲の乗客の様子に
憤っていた気持ちは、いつしかすべて歪んだ形で自分に向いてしまった。

あの男性が助かっているかどうかの疑問は
一生私の中から消えないだろう。
自分の父親と同年代のあの男性を繰り返し夢でも見た。
その度に、私は 
なぜ携帯電話で救急車を呼ぶことを思いつかなかったのか...
その方が、確実に早かったかもしれない。
もっとあの男性に励ましの言葉をかけ続けなかったのか...
そうしたら、もう少しの間は意識があったかもしれない。
の、たられば地獄へ陥った。



.......病的なのはわかっています。
誰にも迷惑はかけませんでしたよ。
こんなこと誰にも言えないし、言ったところで
バッカじゃないの?って言われるだろうし
偽善者と言われるかもしれないし
だから、なっちゃんにも言わずに 1人で
答えが出るまでとことん考えた。




詳しいことは割愛するが、よほどの事がなければ
医師に相談することも、投薬のお世話になることも
ない私が、この件については
一度、医師に話をしてみた。


私は、ネクラで、恥ずかしがり屋で、自分に自信がないから
人前で話すことが苦手だと言って来たし
それももちろん真実の一つではあるが
実はこんな背景があったことは
医師以外の誰にも話すことができなかった。


それは....



続く

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