スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

びっくりしないでね...と母が言う時 2


本日2本目です。


この話は、必ず1話(←こちら)からお読みくださいませ。




テツヤが亡くなった.....!?


テツヤが亡くなったって.....



今、私は、母のびっくりしないでね....という言葉を聞いて

23年前のあのクリスマスイブの出来事を思い出したのだ。


一瞬のうちに、あの日の出来事が頭を巡ったのだ。

ものすごい早さで、みんなで楽しんだクリスマス会から

祖母にすがりついて泣いていた、てっちゃんの姿

自分の未だに悔やんでいるあのやり取りまで.........






その中の登場人物だった てっちゃんが....?


本当に亡くなったのか?





朝、起きたら 亡くなっていたって......



見つけたのは、23年前のあの日
家でお留守番していた弟だったという。




てっちゃんには、子供もいたのだが
数年前に離婚し、実家に戻ってきていたらしい。



彼は、祖母の死後.....



別人になってしまったように見えた。





会う度に
服装や、髪型が とても派手になり
私達とは、全く言葉を交わさなくなっていた。
....というか、いつも留守にしていた。
会っても、会釈をする程度。

中学生だったので、単なる思春期に入っていたのだと
思ったのだが、それにしても 変わり方が極端で急激だったのだ。



相変わらず、頭が良かった彼は
国立の高校へ進学した。
はじめは、家から通っていたが
通学時間が長いので、寮に移ることになった。


いつしか、てっちゃんは 高校を辞め
何処かへ行ってしまい いつの間にか
結婚して、離婚して 亡くなってしまった。




私達は、親しく言葉を交わすどころか
23年前のあの日以来、顔を合わせるのも数回だった。

でも、一度だけ こんなことがあった。



私が動くと雪がふる。

という記事を以前書いたことがあるが

私が飛行機を予約すると、その飛行機は9割方飛ばない。


これは、国内線はおろか 国際線でも数回起きているので恐ろしい...
別に、私が 天気まで操れる力を持った人間だと言いたいのではなく
私の生まれ持った運が、乗り物と相性が悪いのだと思う。
それかお天気か...(笑)



私は、妹の結婚式に予約した飛行機に乗れなかった。
なぜなら、雪が降り、しかもすごい強風だったからだ。


すでに、夜だった。



しかし、伊丹空港から家に帰るより
東北にある家に行った方が良さそうだ。
明日は、何が起こるかわからない...

今から急げば、余裕で帰れる。


最終の新幹線の時刻を考えても、十分に間に合うはずだった。


しかし、強風のため 新幹線は 手漕ぎボートくらいのスピード
しか出さないのだっ!
(大袈裟だが、車内にいる私にはそれくらい遅かったのだ)


しかも、途中で止まってしまった.....




結局ね、東京に着いた時には
私の地元の駅に止まるはずの最終新幹線はなくなってた...





仕方が無い、東京で一泊しようと
母に電話をかけた。



父が私を迎えに出たと言う。

隣県に止まる新幹線なら、間に合うので
そちらに向かって欲しいとのことだった。


隣県にある指定の駅で降りると


革ジャンを来た 異常に足が細長い ちょっといい男がいた。


てっちゃんだった....




黒髪だったが、耳や首や、手首に 色んなアクセサリーが
所狭しと展示され、きらめいていた。


これで、金髪だったら あたしゃ
眩しくて目を開けてらんないよ! とちょっと噴出しそうになった。


てっちゃんは、私を父の車まで送ってくれた...


父は、あまりの渋滞で途中で断念。


てっちゃんに、私のことを迎えに行って欲しいと
頼んだのだ。



夜中のそんな親戚の厚かましい依頼に
快く応じてくれた てっちゃんは
相変わらず、鼻炎だったらしく
時折、鼻をピーピー鳴らしていたが

ちょっと袴田吉彦に似た男前だった。


車内では、私が1人で喋り続けていたのを
てっちゃんは無言で聞いていた。


うちの両親が、いつも言う話の真相を聞いてみた。

ねえ、てっちゃん!?
私が、てっちゃんの家に遊びに行く日は
怖がって、押入れに隠れてたって本当?



私が、門柱でウンコしてたの覚えてる?


タバコを吸いながら、ニヤケ気味の
てっちゃんは、ウンと声を出さずに頷いた。
そして、ずーーーーっと、笑っていた。

私が車を降りるまで、1時間以上 ずっと
楽しそうに笑ってた。



それなりに、楽しんでいたのだと
私は、今でも思っておる。



降りる時に、てっちゃんは



あ。。。すっちゃん!!(いとこ達に呼ばれている私の愛称) 

やあちゃんに(私の妹)、おめでとうって言っといて~!

じゃあね



それが、最後の会話となった。



ねぇ、てっちゃん   あの時はありがとう。


それからね....今、ふと思い出した3つの出来事。



たけしの挑戦状をやっていた時に、私が切れて
ファミコンのコントローラーを放り投げた。(←てっちゃんのやつ(笑))
すると、てっちゃんが 怒らずにこう言った。

すっちゃん、こうしたらできるよ~
やってみ?
(←やっぱり、訛っている)


ボットン便所で用を足せない私をなじる大人たちに向けて
こう言ってくれた。


だって、すっちゃん、怖いんだからしかたないでしょ?

(やっぱ、つぶやきシローに似てるよ。喋り方...)



私は、てっちゃんの家のご飯が大好きだった。
よその家のご飯は、生理的に食べられない私だったが
てっちゃんの家は、特別だったのだ。


そうけ?そうけ?

(この地方では、そう?に”け”が付く)

お母さ~~~ん!!すっちゃんが
てっちゃんちのご飯は美味しいね!って言ってるよ!!





そうだ、私は、茶碗を持って 誇らしげに
うちのご飯は美味しいって 言ってくれてる!!と

お母さんに報告していたあの 笑顔が一番好きだ。


そうけ?そうけ?


うん。美味しかったよ。



天国というものが、本当に存在するのなら

どうか、おばあちゃんに会ったら

こう伝えて欲しい。



背中を摩ってあげられなかったこと
たくさんの愛情を頂いたのに、何もお返しできなかったこと
ごめんなさい。

おばあちゃんの言葉を支えに生きていること。
私以外にも思い出してくれる人が、たくさんいること。
ありがとう。


と。



てっちゃんと、叔父のご冥福を祈っています。







コメントの投稿

非公開コメント

もらい泣きです。。。

叔父さまとてっちゃんのご冥福をお祈りいたします。。。

だいこん母さんこんばんは。
ありがとうです。
リンク
検索フォーム
月別アーカイブ
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。