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中一(食事について 2)~家での食事

同居したころは、マルも小学生だったので
義父母に合わせ、夕方6時が夕食の時間と決めていた。

食事中には、義母が一人で喋り続け
子供たち2人が、私と話したいのに話せないという状況が続いていたのと
義父母は、もう少し早くに食事をしたいこと
私たちは、もう少し遅くに食事をしたいことで
平日は、義父母と別に食事をとるようになった。

食事の準備は1Fのキッチンでして
義父母の食事を出したら、2Fの分を持って上がるという感じに。

週末は、家族全員での食事を習慣にしていた。


いつしかマルは義父母と一言も口を利かなくなっていたし
旦那に正座で怒られたあの日からは、旦那とも口を利かなかったが
週末のその時間は、食卓につき
私に、食事の感想を伝えたり、何かしらの会話もしていた。




私との喧嘩の後にはマルはよくハンストらしきことをした。
その日も、確か 何かのきっかけで言い合いになり
気分を損ねたマルは、食事を採らないと言い出した。


食事をいらないと言い出したら
絶対に食べないのを知っている私は、もう説得もせず
勝手にしろと、放っておいた。

しかし、翌日には
前の日の喧嘩のことなどなかったように
ふるまった。

マルが自然に食事ができるように。




お腹が減っていたのだろう。


いつもと何も変わらず、私は食事にマルを呼んだ。
マルは、1Fに降りてきて自分の席に着いた。



マルが食べようとした瞬間のことだった...




お前も、根性のないやっちゃなあ!!!

食わない言うてたの昨日のことやないか(笑)


まあええわ。 味わって食えよ!!!






旦那の言葉に




マルは、食事を採らず無言で自室に戻った。



私も、このセリフを言った旦那を未だに許せてはいないし
思い出すだけでおぞましい。


それまでは、何があっても食事には来ていたマルが
あの日からもうずっと週末は自室から出てこなくなった。


その後、数日食事を拒否し続けたマルに
水分と、せめてお菓子だけでもと
無理やり食べさせ、週末は自室に食事を運ぶことにした。



正直 こんな親になるとは思っていなかった。


引きこもりに食事を運ぶ親を見て、バカじゃないのかと思っていた。
そんなことをするから、子供はつけあがるのだと思っていた。


だから、最後まで抵抗感でいっぱいだった。


でも、食事はさせたかった。
すべての源になるものだと信じていたから
食事だけは、きちんと食べさせたかった。



家族みんなで鍋を囲むって、あたりまえの光景だと思っていたけど
それはすごく幸せで、贅沢な時間だったのだと
今になると、些細なことがすごく懐かしくなる。





追記


旦那は、食いたくないやつは何日でも放っておいたらいい。
食わずにはいられなくなって、向こうから折れてくる
お前は、ここで負けるからあかんねん!

と言った。

正直、その気持ちはわからんでもない。
でもそれは間違いなくマルには通用しない。
折れるくらいなら、餓死を選ぶ子だと私は知っている。

それに、食事の権利を子供から決して奪ってはいけないと
私は思う。
どんなに喧嘩をしても、食事抜き!という罰は与えてはいけないと
思っている。

大人はこっそり、外で食べることができるが
子供は、それすらもできない。

あの いやらしい

味わって食えよ の一言が今も耳から離れない。



マルの部屋に食事を運ぶことについて
それこそ旦那は烈火のごとく反対したが
私は、こんなことにしたのはあなたの一言があったからだと伝え
食事だけは、採らせたい。
それでも反対するなら離婚するから。

と、私は意思を貫いた。





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中一(食事について 1)~弁当のこだわり

食事に関しても、揉め事はつきなかった。


小学校の時には、お弁当を喜んで食べていたはずのマルが
お弁当の一部...
もしくは一口も口をつけずに帰ってくることが多かった。



忙しい中で、せっかく作っているのに。
しかも、お金もかけて彩も栄養も考えて作っているのに。


という気持ちで、初めは憤りを感じたが



あまりにも続くこと、お弁当箱を鞄の中からいくら言っても
出してくれないことで



自分で作りなさい!!!



と、自分で作らせることにした。



初めの2、3日は、かぼちゃの煮つけからポテトサラダから
素晴らしいお弁当を手際よく作る姿に驚いてしまったが
鞄からお弁当を出すことが何よりも嫌いなことと
暇さえあれば、ゲームや漫画の世界に浸っていたい
しんどいことは大嫌いなマルは

モモにお弁当を作らせるようになった。


お料理が大好きなモモは、毎日マルの弁当を喜んで作った。
しまいに、マルの鞄の中から空の弁当を出し
食洗機に放り込むのもモモの仕事になっていた。


観察した結果


マルは、ハンバーグでもから揚げでも何でも小さく切らないとイヤだという
こだわりを持っているようだ。

確かに、私の作ったお弁当はそこまで細かく一口大には切っていなかった。

マルが私の弁当を食べない原因はそこにあると思っていたのにも関わらず




モモの作った弁当はどんなに手抜きだろうが
彩が悪かろうが


残さずに食べてきた...




お弁当は、自分の好きな大きさになっていないと食べない。
自分の管理が悪くて、おかずがズレテしまったらもう食べない。


どんなにお腹が減っていようが
食べなくても平気で、部活をやってくる。


そんなことを 学校へ通っている間は
繰り返していた。




中1秋~家族がバラバラになるまでその1

直接のきっかけとなった出来事は忘れてしまった。

ただその日をきっかけに、未だに家族が壊れたまんま。




旦那が、マルを呼び正座をさせる

マルは嫌がったが、逆らえなかった。


3時間の正座をさせる。

こいつの性根は腐ってるから、穏やかに話し合おうといっても聞く耳ももたないのだ。

頭でわからん奴は、身体に叩き込まないとならん。


確かに、私もほとほと参っていた。
旦那は、マルの一面だけを見て激怒していたが
私は、学校にあまり行かなくなっていることも、だらしない生活をしていることも
何を言っても聞く耳をもたないことも
祖父母を毛嫌いして、徹底的に無視していることも
妹のモモを手下のように扱い、家出させるまで追い込んだことも
殺す!殺す! と紙に書きなぐっていることも

仕事だけで、もうくたくたになって帰ってくるのに
一日中家にいても、何もしない祖母
自由がきかない身体にイライラしている祖父
2階では毎日毎日、マルと衝突し
声を荒げるとすぐに下から”うるさい!”と言われ


モモには、家にいる間中 話しかけられ
どんなに忙しくても、怒っていても、泣いていても
話しかけられ


モモの支援級の担任には、連絡帳に毎日毎日
返事を書かなくてはならない。


歩いて帰ってこれる距離なのに
毎日、駅まで旦那を迎えに行かなくちゃならない



何の力も出ないのに、それらをすべてこなさなければ
いけないのだ。





旦那がマルに腹を立てている何倍もアタシはマルに腹がたっている。
あんた!一面しか知らないくせに偉そうなこと言うんじゃないって!
アタシの方がもっともっと、苦労してる!

マルの一面だけ見て、勝手な判断くだして
吠えてんじゃねえよ!

身体で教えるってなんやねん!
それしきのことで、それだけ腹たてて性根が腐ってるなんて
よっぽどアンタの方が我慢が足りないんじゃない?



↑と言いたいのはおさえ



私だって、マルは間違ってると思うよ。

なんでまともに話すらできないのか?って思うし

でも、それをさせたからって 何も変わらないと思う!


と、正座をやめさせようとしたが
旦那は譲らなかった。



自分が悪かったことを認めたら
すぐに辞めさせる。

謝れば済む話なのに、なぜコイツは謝れない?




私もそれには思うことがあったが
とにかく、ここで夫婦間の衝突が起きた。

マルは、ずっと泣き通しだった。


足が痛い!足が痛い!


気丈なマルがここまで叫んで泣いているのを聞き
階下から祖母も来て、正座をやめさせるように言った。

旦那は、それでも譲らなかったが
2時間が経とうとしたときに、私が強制的にやめさせ

翌日には、当然のようにマルは

足が痛いからと言って、学校を休んだ。








中1秋~旦那の怒りその2

今までの出来事をマルはほとんど覚えていない。
覚えていることは、いくつかあっても
記憶がすっかりすり替えられていることも中にはあった。
(これについてはまた後日)

もちろん、覚えていることでも ”自分は全く悪くないのになぜ怒られるのか?”
という素振りで、黙って旦那を睨み付ける。

旦那は、マルに正座を強要した。


話し合いとはほど遠いが2人の話をまとめると
こんな感じになる。


マル:朝練に行かないのは、朝が弱いから。
   それに強制参加じゃないから行かない。




旦那:強制参加じゃなくても、部活に所属している限りは
   出席するものだと思う。朝練に出ていないのはお前だけじゃないのか?



マル:そうやね






旦那:お母さんが渡した1万円を顎で置いておけと指図したらしいが
   お金をもらう態度ではない。
   自分が必要なものを購入してもらうのに、感謝の気持ちはないのか?
   してもらって当然という気持ちがそういう態度に現れる...云々





マル:朝忙しくて手が離せないからそこに置いてと示しただけ。
   感謝の気持ちなんてない







旦那:塾を辞めたことは聞いた。先生が気に入らないからと言うのは本当か?

マル:ウザイから。

旦那:自分がやりたいと言い出したことで、続いたことがないことを
   お母さんも心配している。
   このままだと就職しても、次々に仕事を変わるようなことになる。
 
  
マル:就職しないし

旦那:じゃどうするんだ?

マル:さあ





私も、正直 この日の記憶は曖昧


とにかく、マルが話は終わりか?と自室に帰ろうとするのを旦那が制止し
正座を強要し、マルは正座したまま1時間が経っていた。


些細なことで塾をやめて、みんながこなしている朝練も満足にできない奴は
迷惑だから、部活もやめろ!!



うんわかった。




最後は、よく覚えていないが
何か約束事を旦那が一方的にし
それが守れなかった場合は、次は正座3時間だと
旦那が言っていた。


そして、その翌日 マルは部活をやめてきた。

中一秋~旦那の怒りその1

旦那は激怒だった。

彼の子供じみた言動や行動はよく書いて来たが
この人となぜ私が一緒にいるかと言えば
いざという時には私を全力で守ってくれるからだ
同居して2年が経つが
義父母と揉め事もなく生活して来れたのは

旦那が自ら嫌われ役を買って出て、
あれこれうるさい事を義父母に言うことにより
向こうも言いたいことは全て旦那に
しかも あの子はうるさいだのオカシイだのと
私を自分たちの味方にしようと、義父母は
私に対して歩み寄る。

私がいつも公平で
中立な立場で生活することができるのは あえて
旦那がそうしてくれているからだと思っている。

子供たちのことでもそうだった。
自分はさておき…
子供たちが私を困らせることを旦那はひどく嫌った。

お母さんの言うことを聞きなさい。
お母さんにあまり負担をかけたらアカン。

私に任せきりの子育て、家の切り盛りを
そうすることにより少しでも助けたいと思っているのだろうと
私は受け止めている。


さて そんな旦那に
マルの春からの様子を全て話した。

実は すでに中1の一学期には学校を休みがちにはなっていた。
しかし 学校を休みがちであることは言わなかった。
旦那が怒ることでさらに不登校になる可能性があると思ったからだ。

反抗的な態度と塾をやめること
朝練に参加していないこと

を 戒めてもらうつもりだった。



旦那の怒りはすぐに沸点に達した


マルの行動云々よりも
注意を受けている時のマルの態度があまりにも
酷いと言うことで旦那は激怒した。





中一秋~喧嘩その2 旦那に話すきっかけとなる出来事

普段の生活にも
小さなすれ違いはたくさんあった
部活で必要な集金が1万円あった時
朝の身支度の時に
いきなり今すぐ1万円が必要だと言われた。

みんなは持ってきているけれど 自分だけ忘れていて今日中に持っていかなあかんねんと
朝の7時に しかもお願いと言うよりは、命令口調で言われたのが私は気に入らなかった。

着替えながら顎で、そこに置いとけ! 的なジェスチャーをしたので


私は、その態度について注意をした。

部活をやっていて朝練に行かない者はいないのに
自分は、朝だけは弱いからと言い朝練に行かないことも気に入らなかった。
朝練に行くように言うと、自由参加だから。の一言であしらわれた。

色んな気持ちが爆発してしまった。

朝練にも行かない、お金を当たり前のように顎で置くように指図し
お礼も言わないような子に、お金は出しません。

マルは、ふ~ん。 じゃいらないわ。


そう言って、学校へ行った。



そして、その夜に 私ははじめて
マルのことを旦那に話した。


自分の言うことは全く聞かない。
恐らく、私が甘やかしたせい。

だから、なんでも1人で解決しようとしてきたけど
今回ばかりは、旦那の力を借りなくては...と思ったのだ。




中1秋 ~親子喧嘩 その1

マルは、部屋の模様替えを繰り返していた。

簡単な模様替えではなく机からベッドから
大規模に動かす模様替えを思い立ったら夜中でも始めた

それも 明らかにおかしな配置にする事も多々あり、何度となくその件では六年生の頃から衝突… とはいえ
マルは黙ったまま
親が一方的に注意をするという状態だった。


いくら 言っても
辞めることはなく
その頻度は1日おきだった。

片付けが苦手なマルのために、クローゼットには衣類を分けて簡単に片付けられるよう計算して
収納BOXを入れたが

それらを踏み台を使わずには取れない
上の棚に移動したり

考えられないような
使い勝手の悪い部屋に
改造されていく

しまいには
片付けられなくなり
でも汚いままは我慢できないようで、目についたしばらく使わないものを
私のウォークインクローゼットへ突っ込むようになる

私のクローゼットに入ったついでに
収納扉を開け 自分の欲しい物は勝手に自室に持ち出し、
使えないと思った物は勝手に捨ててしまうということもよくあった。

ある日のこと

私が文具を収納している棚を開けると、綺麗に整理されているはずの文具が散乱し
なくなっているものが多いことに気が付いた。

マルの部屋に行くと
ゴミ箱に見覚えのある
文具がごっそり捨ててあり

その中には 中学の入学時に祖母にもらった
万年筆も入っていた。

理由を聞けば、

何かいいものないかと思って持って来たけど
インクもないし、あとは壊れてるものばかりだし使えないから捨てた。


私は、その1つ1つに
長年捨てないで取っておいた意味があり
マルにとってはゴミでも私にとったら大切なもの
自分のクローゼットに
きちんと整理して片付けていたもので
それを置いておくことは誰の目にも触れないし
不快な思いをさせていることもない。

それをわざわざ ひっぱり出して来て使えないから捨てるという行為は
私には納得できないし
泥棒だと思う。

と 感情的に怒りをあらわにした。

相変わらず黙ったまま
表情1つ変えずに
こちらを見つめるマルに
全て自室に戻すように
伝えた

返事はなく
表情も変わらない。


いつも思う。


ここで 嫌だっ!!
戻したくない!!とか
今は無理だから明日戻す!!
とか うるせえクソババア

でさえも、私は欲していた。

何も言わない
表情も変わらない
何を考えているのか
全く読めない。



そこから脱したくて
必要以上に酷い言葉を浴びせてしまう。


喧嘩でもいいから
したかったのだ。



何も言わないマルにあてつけるかのように
私は箱へ乱暴に物を入れ始めた。
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貯金箱を箱に投げ入れた時に マルの顔色が変わり奇声を発した。


あーっ
あー っ
あーっ




それは 明らかに異常な 奇声だった。

力の限りただ叫び続けている。


貯金箱はカエルの形をしており
目の部分が私が投げ入れた瞬間に折れてしまったのだ。


私は、 逆ギレした。


いらない物を
勝手に母の部屋に移動させてきて
戻さないからなのに
どうしてそこまで怒れるん

勝手に母の物を盗んで
ゴミ箱に捨てているあなたの方が悪い。

パニック状態は収まらない。

その辺りにある
家具を倒し、蹴り
プラスチック製の衣類ケースを叩き割り
約10分間 奇声は止まなかった。


怒りが頂点に達した私が出ていけ
怒鳴りはじめて奇声が止んだ。

すぐに自室に戻り
いつも一緒に寝ている抱き枕をかかえて
彼女はすぐに出て行った。

正直 そのまま事故に遭おうが何が起きようが
知ったこっちゃないと
初めの数分間は思っていた。

暗い場所が苦手な子だからそう遠くには行かないと思っていたし
あんなに大きな抱き枕を持って歩き回ることもしないだろう。


家の周囲を何度も見渡したが、気配がないことに気付くと、いてもたってもいられなくなり
家の周囲は義母に任せて
結局 車で探し回ってしまった。
マルは、やはり暗闇が怖くて家の敷地内にいた。

それから、出ていけ! とは言わなくなったが

こんなやり取りは、何度となく続き


私は、途方に暮れていた。


中1秋~話し合いのできない子

私はマルを説得することにした。


その理由では、辞めることを認める訳には行かない。
塾を辞めることにより
これから先、ますます学校の授業にもついていけなくなる
行きたい高校、長年将来の夢だった幼稚園の先生にもなれないかもしれない。
何より、少しくらい嫌味を言われたからと言ってそこから逃げることは
許せない。

塾では主任の先生も
話をしてくれたが
マルの意志は固かった

この先どうするん?
そんな些細なことに我慢できなかったらどうするん?

話し合いをしようにも
こっちが何を言おうと
口を閉ざしたまま
声を発することもない

黙ったままの人間を前に話をすると、焦りが出る。
選択肢を提示しても意志を聞いても
頷くことすらしない
かと言って目を逸らしたり俯くこともなく
こちらをジッと見つめる。ただそれだけ

表情に少しでも動きがあれば、ヒントにもなるのだろうがそれもない。

何とか口を開かせよう
表情から読み取ろうと
わざと怒らせたり
自分の身体の調子が悪いことを前面に出し
同情を引いてもみた。
最低なのはわかってるけど、私はどうしたらいいのかさっぱりわからなかった。


その時、私は心の中でこんなことを思っていた。


さすが、旦那の血を引いただけはある。
転職を繰り返していた旦那のように、きっとこの子はなるのだろう。

私は、勉強しろと言ったことがない。
テストが3点で返ってきても叱ったことなど一度もない。
勉強なんてどうでも良かった。

塾にすわってるだけでいい。
勉強なんてできるようになるとは思っていない。
ただ、自分がやりたいと言ったことを続けてほしい。
そうしないと、何も続かない人になってしまう。
旦那のように。


その時に私が感じていた正直な気持ち。

マルちゃん中1 秋 1

恥ずかしながら、私が彼女の異変に気が付いたのは
秋になってからだった。


もともと、一日の出来事を話すことのない子で
家では、気を遣いたくないと無言でいることが多かったから。


少しのことで、イライラする場面が増えてきたのを

私は、単なる反抗期だと思っていた。


成長したのだと、喜びさえ感じたし
一過性のものだからと、初めは広い心で受け止めていた。




しかし、イライラは日に日に酷くなる一方で
矛先は、家族にのみ向けられた。




そんなある日、突然塾を辞めたいと言い出した。





私は、本人がやりたくないことをお金を出してまで
やらせようとは思わないので
いつもの私ならば、辞めさせたのだが


その時に すぐにその申し出を受けることはできなかった。
理由は



1 理由が、ある教科の先生が苦手だから だったこと

2 強く行きたいと願っていた塾だったこと

3 それまでに、習い事 塾に行きたいと言いながらも
  辞めることが多かったこと


だった。




このままでは、社会に出てもすぐに仕事を辞めるのではないか?


と、いい加減に不安にもなった。



自分がやりたいと言い出したことを
(こっちの苦労も知らず)簡単に辞めると言い出す
その理由が、先生の一人が苦手だから....


その時の私には、全く理解できなかった。



私は、この子を甘やかしすぎたのかもしれない。

どんな風に育ててきたっけ....


マルは、とても良い子だった。
幼稚園に入るまでは、非常に乱暴な子供だった。
すぐに人を叩くし、おもちゃを取り上げる。
ブランコを横取り、滑り台では前の子を押すようなこともしていた。


親として、周囲に必要以上に気を遣う毎日だったが
そんな子供だからこそ、引きこもらないで毎日公園に出て遊び学ぶべきだと
信じていた。

幼稚園に入り、乱暴さはなくなった
Ⅰ~2年生では、人気者のキャラではなかったと思う
休み時間に、机の下に入り込み一人で過ごすことも多かったようだ。
なかなか人の輪に入っていけず、でも正義感があり
クラスのリーダー的存在の女子に、あなたはリーダには向いてない!
○ちゃんの方が、向いている! と言い放ち
クラス中を凍りつかせたという出来事は、未だに語り草となっている。


何かあれば、そのたびに教える時には叱る、感情のまま怒ることもあった。

でも、基本的に良い子だった。

私の記憶では、小学校の3年生くらいからは
ほぼ、完璧に近い良い子だったように感じる。


私に叱られないように、ふるまうことができる子だとは
気が付いていた。
でも、嘘はつかなかったし、叱られないように計算していることは
黙認してきたように思う。

やはり、それがいけなかったのかもしれない。


あとは、みんなにチヤホヤされてきたことにより
イヤな場面の免疫がないのかもしれないと思った。


世の中には、自分のことを好きになってくれる人ばかりじゃないこと
みんながチヤホヤするわけじゃないこと
塾は、学校と違うのだから、時には学校の先生が出来ないようなキツイ叱りを受けることもあること

それを彼女は、理解しなくてはならないのだと思った。




マルちゃん中1の春~夏


マルちゃんは、1人も知り合いのいない中学に入学した。


自分らしさを求め、周囲の求めるマルちゃんにはならないように
そう願っていたはずが

やはり、いつの間にか人気者になっていた。



無理をしているのではないかと、心配したが
部活に、週に3度の塾、学校の宿題もきちんとこなすのが精いっぱいの生活
自分らしさについて考える暇もなかっただろう。


週に3度の塾は、彼女の負担が大きすぎると
入塾の前から助言していたが、どうしてもそこに通いたいと
彼女の強い希望に、私は送迎を始め様々なサポートをかってでた。


中学一年の夏休みのことだった。



父の納骨、初盆、震災で被害に遭った友人、親戚宅への訪問
何より、父の死後 たった一人になってしまい
20年以上も、父の看病を続けてきた母が
未だに さみしがり屋だった父を置いて外出できないと
引きこもりきりになっているのが、気になっていた。

49日にはわざわざ帰省しなくてもいいから。
でも、夏休みには長めに帰省してほしい。



母が、こんなことを言うのも初めてだった。



そこで私は、3週間の帰省を決めた。



塾なんて休んだらいいやん~ と マルを誘ったが


マルは、今年の夏は頑張りたいねん


と、部活も塾も学校の自由参加の補習も
すべて1人で頑張るからと言った。


私は 祖父母とマルと旦那の
三食×約三週間分を冷凍保存し、帰省した。


お盆になり、マルと旦那が合流したが
約2週間、マルは毎日 補習も部活も塾もすべてこなした。








マル中学生になる

マルは、中学二年生。



現在彼女は、中学に行っていません。




入学してから、現在までのマルを振り返ってみようと思う。





小学6年生の夏に、家を新築。義父母と同居を始める。

学区外ではあるが、家の近くにある中学への進学を本人が希望。
小学校での彼女は、誰とでも仲良くでき
人気者であったので、彼女の友人達、その親御さんまでが
一緒の中学へ行こうと、何度も説得してくれていたらしいが
本人は、誰も知らない所で自分らしさを大事にしたいと
別の中学へ入学した。



ここで言う”自分らしさ”とは


マルの周囲からの評価はこうであった。



マルは、先生にも友達にもとにかく誰にでも好かれる不思議な魅力があった。

1 誰に対しても平等である

2 感謝の気持ちを忘れない

3 褒め上手

4 悪口を絶対に言わない

5 人まねをしない

6 漫画の世界の男子にしか興味がない

7 よって、オカッパ頭や刈上げや面白い髪形によくする

8 自分を持ってる。
  例えば、遠足で職業体験があったら
  たった1人でも自分のしたいコースに行く。
  友達に合わせないし、決して群れない。

9 ↑クールなようだが、お笑い好きで視点が面白い。
  勘違いや思い違いが多くいつも変な言動で
  クラスの爆笑王に君臨

10 異常に忘れっぽいが、異常にまじめである
   例えば、真面目であるが故に誰にも迷惑をかけたくないからと
   手の甲に油性マジックでデカデカと”日直”と書くが
   すっかり日直の当番を忘れてしまう。
   
   しかし、本当に申し訳ないと思っている気持ちと
   忘れないように努力している姿をみんなが理解してくれていたから
   いつでも、笑って許してもらえていたと、担任からの話。


11 とにかく、優しく真面目、変な髪形と言動で笑いを誘い
   褒め上手で、決して悪口は言わないが、媚びることもない。



私もきっと、クラスにこんな友達がいたら大好きだ。

いつもニコニコ、先生や親御さん達からも特別に可愛がられるみんなのマルちゃんだった。






マルは、誰にも注目されzすひっそりと学校生活を送りたいと言った。
今の自分は、周囲が求めているキャラを演じているような感じ。
そういう毎日は、少し疲れる。


とのことだった。

ただいま


前回、閉鎖していたブログを公開した時には
まだまだ書く気持ちになれなくて、それから頂いたコメントメールにも
一切お返事できなくてごめんなさい。

正直、あの時期には何の感情もなく
ただただ、息をしていただけだったような気がします。

あれからさらに半年が過ぎ、ようやく
今までのことをこれからの為に、書くことで整理してみようと
久しぶりに、懐かしい自分の場所へ戻ってみました。


コメント、メール 先ほど何度も読み直しました。
ブログを閉鎖していても、検索してくださっていた方
私の家の不幸続きを心配してくださり、ありがたい申し出をしてくださった方
(メール読むのが遅くなってしまい、すみませんでした)
自身の病気や、お子さんのことでの心配もあるのに
私の心配をしてくださった方々
辛いときに、なぜか私を思い出してくださってたという方
閉鎖前に、コメントができなくて心残りだったと丁寧なコメントをくださった方


ありがとう。
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