200802
- あたまの整理(02/29)
- 漢字をおもいだしてみる(02/07)
- さいしょの記憶 (02/04)
あたまの整理
2008.02.29
この記事ではコメント受け付けていません。
訳のわからない戯言を並べて頭の整理をしているだけなので
そのうち記事も消します。
めまぐるしく、自分の置かれた状況、周囲の状況が変化した1週間だった。
飛び上がるほど良い事も、ほどほどに良い事も
奈落の底に突き落とされたようなショックも
また胃潰瘍が再発したことも
この時期になると押し寄せてくるフラッシュバックの波も
パニック状態になった私が、また子供たちに心配をかけて
泣かせてしまったことも
また新たなネタになるような馬鹿げた失敗も
22年ぶりに友達に自分の本音を語り、相手の行動を責めてしまった事も
あまりにも、一編に起きたので完全に私のキャパの限界を超えた。
正直、何故自分がこの世に生まれてきたのか
私の存在する意味は何なのか
意味があるなら、私の役割とは何なのか
私は、子供たち以外の誰かに本当の意味で必要とされているのか.......
私は、とても冷たいと思う。
冷めた人間なのだといつも周囲に言われてきた。
それは、否定しない。
人が悩んでいるとき、苦しんでいるときに声を掛けることができない。
もちろん、自分がとても大切に思っている人がそんな状況にいたら心は痛む。
でも、私が声を掛けることによって、相手と話している間にただでさえ傷ついている
相手を更に傷つけるのではないかと....私は怖くなる。
聞いてくれるだけでいい。って事も多いだろうが
それでも、二言、三言はこちらからも何か言わねばなるまい。
それが的外れなアドバイスだったらどうしよう...
触れられたくないことだったらどうしよう....
百も承知だって思われたらどうしよう....
様々な事を考える。
これは、相手が苦しんでいる時限定ではない。
私は、お付き合いの無い方のサイトへお邪魔することもなく
お付き合いのある方のサイトへのコメントもこれでなかなか出来ないのだ。
先日、こんな事があった。
幼稚園の時に、ちょっとお付き合いをしていたママさんの旦那さんに
うちの旦那が偶然出会い
そのママさんが、靭帯を切って療養中だと聞いてきた。
「お前、メールしたれや!」と旦那は言った。
私は、何故メールをしなければならないのか聞いた。
「お前、連れ(友達)ちゃうの?連れが大怪我してるって聞いたら
メールの1本でもするのが普通ちゃうんか!?」
私はもう1年以上彼女と会話はおろか偶然会って挨拶なども交わしていない。
未だに多少なりともお付き合いがあれば
動けない彼女の代わりに、買物に行くとか
私に出来る用事があれば済ませてくることは出来る。
それが、とても遠い場所だろうが
うちがどんなに忙しかろうが
その労力は決していとわない。
自分が、誰かに必要とされているのなら
私は、出来る限りその期待に応えたいと思っている。
でも、彼女は実の家族と同居しているし
お姉さんも近くに住んでいる。
仲の良い友人もいる。
私が、メールをする意味があるのか?と思った。
旦那は「お前のそういう所が冷たいと思う。意味がわからん」と言った。
そうなのかもしれない。でも、「大丈夫ですか?」のメールが
私にはどうしても出来ない。
後日...なっちゃんに会った時に、私はこの話をした。
そして、「そんなメールをもらったら嬉しい?」と聞いてみた。
なっちゃんはとびきりの笑顔で
「嬉しいに決まってるやん〜♪」と言った。
例えば入院していて、お見舞いが1人も来なかったら淋しいものだよ...
(彼女は、入院してないけど)
そんな時って、特に気持ちも弱くなっているから
何気ない一言が嬉しかったり、私を気にしてくれている人がいるって
事だけで、元気になる力になるものだと思うよ〜♪
そうなのか.....
そういうものなのか.....
眩しい...何故だかなっちゃんは、いつも眩しい。
相手の嬉しいことを
相手が喜ぶことをサラリとできるってことが
周囲の求める優しさに繋がるのだなぁ.......と納得した。
それと、同時に.....やはり自分には人間として大事な何かが
欠けていると思い知ったきっかけでもあったのだが。
こんな欠陥人間が、人に正論をぶつける権利があるのだろうか
傷ついた、ショックを受けたと思う自分は
周囲をもっと傷つけているのではなかろうか...
そんな事を考え出したら、人と関わることがもうできない。
子供の頃によく言われた、宇宙人〜!!って言葉が
こんな時に、じわじわと蘇ってくる。
面倒くさいだろう。
こんな面倒な人間は、生きている価値.......はある。
子供たちのために、私は生きなければならん。
自分に自信を持つって
どうすればできるんだろう
自信満々の人間は嫌いだ。
思い込みで物を言う人も
自己顕示欲のかたまりも
それは、嫉妬なのかもしれん。
っていうか、それも虚勢で実は自信などなかったりすることもあり得る
みんな、そんなに自信など持っていないのかもしれないな...
訳がわからなくなってきたのでおわり
漢字をおもいだしてみる
2008.02.07
ある日の宿題をするモモ。車と、早いって似てるなぁ。
などと言いながら漢字を書いている。
どうやら、モモの中ではこれらは「日」の仲間なのだ。
他には名や石などの「口」の仲間。
面白い覚え方してるなあ...と思った。
⇒漢字をおもいだしてみるの続きを読む
さいしょの記憶
2008.02.04
ぴーまんさんの所で 雪遊びの記事を見て懐かしく思い出す…私も、彼女と一緒。
寒がりなくせに雪を見るとテンションが上がる!上がっちまうっ!
残念ながら、我が家の娘たち
(正確に言うとモモは。マルは一度だけアリ)
はまとまった積雪を見た事がない。
現在の私のテンションは 明らかに子供の時以上である。
それは久々に見る雪を懐かしく思う感情なのか
それとも、雪国にいたころは、雪が珍しくなかったからなのか
それとも、まだ雪の楽しさを知らない娘達に
それを教えてあげたいからなのかは定かではない。
ぴーまんさんも私も ○手県にある○岡市の出身である。
私は3歳までの3年間しかそこで過ごしていないのだが
この時期になると○岡時代をパッと思い出す瞬間が増える。
大事な記憶をいつか忘れてしまわないうちに
書き留めておかなければならない。
実際、浮かんでは消えていくものが多く、一瞬浮かんだ鮮明な記憶が
もう二度と浮かんで来ない事も多々あるのだ。
当時の私の家は、交差点の傍にあった。家の中から信号が見えた。
隣には、菓子屋さんがあった。
その菓子屋さんはうちの左隣にありそこが角地であった。
作りたての並んだ団子を母の背中におんぶされた私が必死に手を伸ばして
取ろうとしている。
粉(何だろう?白玉粉?)の中に手を入れた時のなんともいえない感触。
その手をどうしたのかはわからないが 母の頭に白い粉がいっぱいついていて
白い三角巾をした金歯のおばさんが掃い落としていた。
(母の髪を掴んだのか!?)
その頃の人の口の動きや 声の記憶はあるが
言葉は出てこない。
歩き始めてからも
私の記憶は団子をつまみ食いしている類のものが多い。
私はいつも家の裏のドアから
菓子屋さんの裏口に回り勝手に調理場?に侵入していたのだろう
その裏口から入る瞬間の記憶はバリエーション豊富だ。
ハイハイして入って行く感覚もあるし
なんと三輪車で入った事もあった
馬鹿である………
私の悪戯はひどかったのだと思う。
(都合の悪いことは覚えていない)
おじさんはいつも怒っていて、おばさんはたいてい笑っていた。
そして私はいつも粉まみれだった。
菓子屋の受けた損害のことは、さておき....
(いいのかっ!?)
私の家の付近にはパチンコ屋さんがあり、その前で
チンドン屋さんと言われるものすごい人々を見た記憶があるのだが
これは盛岡の繁華街に買物に行った時の記憶とごっちゃになっている
可能性がある。
とにかく、衝撃を受けたのだ。
化粧や衣装がどうのこうの...ではない。
いや、それもあるのかもしれないが
あの音量がとんでもなく怖かったのだ。
それから、物乞いの人々のこともよく覚えている。
母は、何か言いながら、よくわからない何かを渡していたが
それは、3歳で引越しした福島でも同じ光景を見たので
母が何と言っていたかわかる。
ちゃんと働きなさいよ〜!!
と言っていた。
そうそう、窓を開けたら猫が寝ていた。
私は、窓の下のトタン製か何かの外壁をバンバン叩き
起きなさい〜〜〜!と何度も繰り返した。
しかし、猫は起きなかった。
しばらくしてから、母に猫が寝ていることを教えると
母は、その猫を土に埋めていた。
猫は、死んでいたのだ。
その時は、死の意味も理解できず
ただ、土に埋められていく猫を見ていた。
それから、今思い出すととても奇妙な記憶がある。
私は、母と一緒にバスに乗っていた。
ボロボロの帽子と、下駄を履いた学生さんが笑ってた。
私のホッペを突いたり、手を握ったりしていたので
私はまだ乳児で母に背負われていたのだと思う。
(多分...)
とにかく、ボロボロの帽子と下駄のその軍団は
何度かバスに乗ったときに見ている記憶があるのだが
あまりにも時代錯誤である。でも、確かに見ている。
この記憶は、割と繰り返しているので鮮明である。
何故、下駄なのか...ということに気がついたのは
20歳過ぎてからだったと思う。
当時は流行っていたのかもしれん。
そして、私は以前「すみれの怪しい感覚」という
記事を書いたことがあるが
この雪の匂いや音の感覚は、もしかしたら
自分が産まれたときの匂いと音だったのではないかと思うようになった。
私が生まれた時、外では雨が雪に変わっていたという。
自分がこの世に仮死状態で生まれ、我慢して我慢して
最初に吸い込んだ空気に雪の匂いが含まれていたのかもしれない。
それとも、病院を出た瞬間の匂いが雪の匂いだったのかもしれない。
スヤスヤと眠っていたときに
外では雪が降り積もり、その音と匂いを
母のぬくもりと共に感じていたから、忘れられないのかもしれない。
だから私は、雪が降るととてつもなく
懐かしい気持ちになるのかもしれない。


