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すみれ1つになる。その2

この記事は、その2です。
その1は、前回の記事をご覧くださいませ。




うわあああああ.....どうしよう!?どうしよう!?

あああああああ....つながってる。



どこから見ても、繋がってる。



せめて、私の服だけでもここから離れてくれれば......
しかし、覚えたての本返し縫いでしっかりと
縫い付けられた生地は、簡単に離れてくれなかった....


もう一度インターホンが鳴り、玄関が開く音がした。


こんにちはあああ~!!



奥さんが大きな声で呼びかける。


私は大きな声で返事をして、覚悟を決めた。


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すみれ1つになる。

小学校から帰って母がいないと私は決まってパニくった。
外に出たり家に入ったりを繰り返し、親戚中や母の友人に電話をかけて
母の所在を探った。
いてもたってもいられない私は、家の前にある国道沿いまで出て
母が来るであろう方向を瞬きもせずに凝視していた。

私がそこに居るのを見つけると
母はものすごい睨みを効かせながら通りすぎた。
母の運転する車の後ろを全速力で走り、家に戻ると
母は、私がどこに電話をしたのか白状させ
一軒一軒謝罪の電話をかけた。

あんた!もう5年生でしょう...
お母さんが黙って遊びに行くわけじゃないでしょう。
ちょっと車が混んでるとか、買物を思い出しただけで
そんなに留守にしたことあるのっ!?

母は、恥ずかしいやらみっともないやら
どこそこの○○ちゃんは、幼稚園なのに立派に留守番が出来るとか


長々とお説教をはじめるのが常だった。


軍隊式小学校では、学校の帰りが異常に遅かった。
晩御飯用のおむすびを持参して器械体操の練習などをしていたので
帰りはたいてい、7時~8時くらいになっていた。
そんな訳で母は、私がそんな時間に帰るとは思っていないので
妹や弟が帰り次第、買物に行ってしまう事もあるのだ。
書置きもなかった。絶対に私が帰るはずはないと思っていたから。

しかし、母はいつの日からか必ず書置きを残すようにしていた。


おかえりなさい。
妹を病院へ連れて行きます。
帰りは○時頃になりますが、こんでいたら遅くなるかもしれません。
宿題をして、心配しないでお留守番していてください。


さすがに、電話はしなくなった。
どこに行ったかわかれば、パニくることもない。
1人で留守番はちょっと怖かったが
私はこんな時には必要以上に頑張った。
母が帰ってくるまでに、洗濯物を片付けたり玄関で靴を磨いたり。
帰ってきた母がびっくりして喜ぶリアクションを見たかったのだ。

帰ってきて家がピカピカに片付いていると母は大層喜んだ。
私はその度に、次の目標を定めた。
今日と同じ1時間の留守だったら、今日やった仕事の他に
アレとアレを頑張れば追加できるぞ。
そのうち対象は多岐に渡り、冷蔵庫の大掃除や洗車までもが
それに加わった。明らかにエスカレートし過ぎたが
母の驚く顔は、エスカレートしなければ見れなくなってしまうと思っていた。

ある日曜日のことだった。

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お菓子の家をつくりました

久しぶりに、記事中に登場するのはなっちゃん。

私の友人です。イオ君を連れて遊びに来てくれました。


そして、みんなでお菓子の家を作りましたーーー!!



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ドラマとモモの誕生日

今日は、久しぶりにドラマを観た。

以前から気になっていたあのドラマである。


原作は読んだことがない。


このドラマのCMを観た時に、すぐにモモと重なった。

私は、多くの親と同じように将来のことを考えることがある。
と言うより、常に考えている。
それは、モモに知的障害があることがわかり
高機能には属さないことを知ってからだっただろうか。
それとも、もっと前からだっただろうか。

高機能と診断されてからしばらくは、友達との関わりに重点を置いていたと思う。
友達を求めるモモが、1人でお弁当を食べていること。
友達を求めても求めても
からまわりしては泣いている我が子を見るのが忍びなかった。
どうすれば、あの輪の中に自然に入れるのだろうか...
私は、そんなことばかり考えていたような気がする。
ひらがなも数字も覚えないモモだったが、自分と同じ障害なら
自然にいつか覚えるだろうと思っていた時期もあった。
知的障害はないのだから、コミュニケーションに少々問題はあっても
いつか私と同じように、就職して結婚して出産もするんだろうと
思っていた。

しかし、そうではないことに気がつくのにそんなに時間はかからなかった。
モモには、友達との関わりよりももっと大切な事を教えなければならない。
それは、私がもし明日消えたとしたら...という事を前提に
モモには、1人ででも生きていける知恵を授けなければならないということ。
優先順位はまず、食べること。
それがきっかけで、本格的に料理を教えることにしたのだ。
包丁を持たせることを危惧している時間はないような気がした。

安い食材で作る簡単なレシピを買物から始めた。
お金には限りがあること。
これだけのお金で買えるわずかな食材でこんなものが作れるよ。
という基本を繰り返し教えた。
幸いモモは、買物も料理も気に入った様子だったのでこれは
もう2年間続いている。

今では、マルと一緒にリュックを背負い歩いて15分のスーパーで
お買物しては、何とか形になるものを作っている。
以前、モモが退行現象か何かわからないがあの包丁さばきに翳りが
見えてきていると書いたことがあるが、確かにその通りだ。
以前のような技は、ここの所見せてもらっていないが
味は相変わらずである。やっぱり私の味とは全く違うのだ。
これは、本人が飽きないように工夫しながら
時間を作り、これからも続けていこうと思う。

そして、やはり学習である。これは基本中の基本であろう。
計算が出来なければ、お金を使うこともできない。
現在モモは、発達障害に詳しい先生に学習を見て頂いているが
先生のお話では、現在1年生の5月程度のレベルだそうだ。
2年生では、もう授業についていけない可能性が大きく
特学での個人に合わせた授業も視野に入れなければならない状態である。
(この特学の話は、またいずれ進級が近づいたら記事にしたいと思う。)

その先生にモモをお願いする際に告げられたのが
中学までは特学で行けるが、現状のレベルでは普通高校は無理
就職も運がよければ障害者枠でどこかに入れるかもしれませんが
通所施設へ通ったり、作業所等へ通ったりするケースが一般的です。
とのこと。

私は、中学からは養護も視野に入れて考えてはいたので
普通高校には行けないとは思っていたが、その後の具体的な
進路まではそれほど深く考えてはいなかった。
確かにそうなのだ。その通りなのである。

私は将来を考えているようで、もしかしたら
現実から目を背けようとしていたのかもしれない。
この子は、私とは違う人間。
この子には、この子の人生があり私と同じレールの上を歩いて
行くわけではないのだと気がついた。

モモは、よくこんな事を言う。


モモね~大きくなったら赤ちゃん産む~!!
モモが結婚したらお母さんに遊びにくるね。



モモはドラマの中の「ゆずちゃん」より、流暢に話すが
あとは、生き写しのようだった。(顔は違うけど)
赤ちゃんが欲しい!と望むのに、母親に反対されて
馬鹿だから?と涙を流すシーンは、きっとこの先忘れられないかもしれない。

もっと印象的だったのは、母親のセリフだ。

大事に大事に育ててきた。
みんなに馬鹿にされないように、可愛い服を着せて
髪の毛もいつも可愛くした。
私だって、産ませてあげたい。


そうだ...髪...
長いこと、髪の毛を切ることが出来なかった。

とても艶々で綺麗なモモの超ロングヘアは、モモにとても似合っていた。
そして、そこだけはモモが周囲にいつも褒められる部分でもあった。
私は、その髪の手入れにかける時間を惜しまなかった。
洋服もそうだった。意識したことはなかったが
私も、もしかしたらゆずちゃんの母と同じ気持ちで、モモの身だしなみに
気をつけていたのかもしれない。

現在の私はモモにいつか好きな人が出来て子供が欲しいと言ったら
嬉しいと思うかもしれない。
でも、どうだろう...ゆずちゃんは、8歳のレベルだと言っていた。
モモがもし、あと1年程度の成長で知的レベルが伸びなかったら...
きっと、私もあの母親と同じように戸惑うかもしれない。

しかし、きっと私もモモに選択させるかもしれない。
何故なら、モモも私に何度か言ったことがある。


お母さんになりたいな。

赤ちゃんが欲しいって事?

うん。赤ちゃんとお母さんになりたいねん。



そして、私を指差した。

マルがお母さんみたいになりたいの?
と聞くと、モモは嬉しそうに頷いた。

だって好きやもん♪



その時には、単なる家族の会話でしかなかったが
私は、ドラマを観ながらあの時の会話を思い出し
あの何気ないモモの言葉に、ドラマの中の母親と自分を重ねてしまった。


こりゃ、長生きしなきゃならんなぁ...


今日はモモの7歳の誕生日である。
昨年の今頃は、幼稚園のお誕生日会で自分の誕生日を言う練習を
繰り返し繰り返ししていた。
8が書けなかったモモは、家でも電車の中でも自分が書けるまで
何度も8の字の練習をしていた。

数字も書けずに読むこともできず
自分のお誕生日は


18月です!なんて言っていたモモが
足し算も、引き算もやっているではないか...
この子は成長している。それも大きく。

1日1日を大事に生きて行きたい。
来年の誕生日にも、モモと共に自分の成長も感じたい。
いつか、私がモモを見るように
モモがかけがいのない幸せを手に入れることができるよう
出来る限り、頑張ろう。




前回の記事にコメントありがとうございます。
コメントへのレス遅くなっていてすみません。
記事を書いたら時間がなくなってしまったので
今夜にでもお返事させていただきますね。



すみれからのお知らせ

あした天気になあれ


ぴよこちゃんが、復活したよ。



遅いかしら?今年の抱負。

私は、職場の同僚の1人に自分がアスペルガーだと話した事がある。

その方は、はじめ意味がわからなかったようだが
後日、調べたのだろう...


言われなければ、そう見えなかったのに


と言った。


ということは、言われればそう見えるということである(爆)



でも、私のどこがアスペルガーに見えるのだろうか?
私は、かなりのおっちょこちょいであるがそれは
AS故の特性ではなく、単なる性格からくるものだと思っている。
そんな特性をASだと言ったら、他の当事者に失礼にあたるぞ...
まあ...しいていえば認知力はかなり低いが。


私のどこがそう見えるのですか?


と、聞いてみた。すると、その人は詳しく教えてくれなかった。
私を傷つけるとでも思ったのだろうか・・・。

私は自分でそうは思っていない。
子供の頃はちょっと変わっていたと思うが、今の
自分がそんなに変わった人間だとは思えない。
え...?違うのか?


っていうか...あのぅ...
アスペに見えるって何??


そこで私は旦那に聞いてみた。
旦那は、自分の娘の障害名も知らない男である。


私って変わったところある?
何か違和感を感じたことある?



旦那は、私をおかしいと言った。


例えば...?という質問に彼は即座に先日の失敗を挙げた。
先日の...と言うよりは日常茶飯事の私の失敗である。


旦那は私に「お風呂見てきて」と言った。
私はすぐにお風呂に行き、ドアを開けて中を覗いたが
すぐにドアを閉めた。


しばらくしてから、旦那が

「お風呂、もういいやろ?入れるんか?」
と聞いた。


私は、その時にはじめて
旦那がお風呂の水位を確認してきて欲しい
言ったのだと知った。

お前は注意力がない。人の話を聞かない。すぐに自分の思い込みで行動する。

このセリフは確かに何度も言われている。
繰り返し、繰り返し。


子供でも出来るお手伝い的な事をこなせない私のそういう部分を
彼はとても理解できないようだ。

お前、絶対ふざけているか、人の話を聞いてないだけだろ!と言う。


そんな訳で、私の変わった部分を聞かれて旦那は即座に
その例を挙げたのだ。
何だか、障害のことを全く知らない旦那にしては
的確な例を挙げるものよ...と思わず感心してしまったが
笑い事ではない(笑)
私は、知的障害アリの自閉っ子を育てている。
これでは、子供に日常生活の中でSSTなるものを実践できない...というか
逆に私に必要なのではないだろうか....

職場では、緊張感があるので
このような失敗はしないように気をつけている。
なるべく失敗をしないよう、もし失敗しても同じ失敗は繰り返さないようには
気をつけるようにしてきた。
その為か、私はこと細かに質問してしまう。

例えば、お風呂は止めるのですか?
あと何センチで止めればいいですか?

などと、なるべく思い込んで行動しないように
聞いてしまう。

何でそんなわかりきったことを聞くの?
ちょっと理屈っぽんじゃない?

など、思われているに違いないが
失敗したら笑って済まされないのだ。

きっとそんな部分を同僚は奇異に感じていたのかもしれない。

今年は、モモも2年生である。
たくさんの生きていく術を身につけるには、当然私の力も必要である。

私自身、これらの事を自分の特性だと片付けずに
解決法を見出さなければならないなぁ。
まずは、緊張感ゼロの我が家の中でも落ち着いて確認作業かな(笑)
モモと共に、今年はもっと成長できるようにしよう。

一応今年の抱負でした。





おばちゃん達の女心

昨年の秋のことだった。

私は36年間ではじめて知った事実があった。



女性の多くは...






自分が若いと..


もしくは若く見えると



思っていることを...





それまで、私はその事実に気がつかなかった。
女性のグループに混じり会話を楽しむ機会は
あまりなかったし
歯科医院は女性の職場だったが、そんなに人数もいないので
比べる対象がなかったのだろう。

そういえば以前、ある方のブログのコメント欄で
とある方が「自分は若く見られる...」と放った一言に
ものすごい勢いで、自分も!自分も!というアピールが続いたことがあった。
みんなそれぞれに、若く見えて女優の○○に似ているという(爆)
あのコメント欄は、今思い出しても最高に笑えるのだが
そこの管理人さんがとっても親しみやすい方で
そこに集っている方もノリがいい。
よって、あれは皆のリップサービス的なもので
本心から言っている人はいないと思いますがね。


私はある飲食店にパートに行っています。
私の勤務時間帯には常時12~15人程の女性が働いている。
年齢層は大体35~還暦過ぎのおばちゃんまで。
(平日の昼間は年齢層高いよ。)

それだけの女性が働いていると、確かに綺麗な人もいるし
年齢よりも若く見える方もいる。
綺麗=若く見える
ということはなく、いくら美人でも相応の年齢に見える人もいる。

***************

ここで、私の話を少ししてみたいと思う。
私は、今まで年齢より下に見られたことはない。
なんせ、小3から母親の身長を超えていたため
(うちの母親149センチ。ちなみに父は183センチ。)
3年生の時点で、小学生と言われたことがなかったのだ。
4年生の時点で足のサイズは24.5センチ。
当時、私の田舎では、そのサイズの靴を探すのも一苦労だった。

そんな背景があったからなのか、もともと気にしなかったのかは
わからないが、私は老けて見られることには抵抗はなかったのだ。
年齢を聞かれて躊躇したことはないし
高校を卒業した頃には、子供相手に「おばちゃんに貸してごらんっ!」
などと、普通に自分をおばちゃんと呼んでいた。

いつしか、人より大きかった身長も止まり
周囲と身長が変わらなくなったが、それでも私は年齢より上に
見られていた。





ってことは...



かなり老けてんじゃんっっ!!





そうなのだ。身長のせいではなく
私は、老け顔だったのだ...あはは。
それに気がついたのは、そう昨年の秋だったのね...遅....


*********************



では、話を職場のおばちゃん達に戻します。
私は先にも述べたとおり、年齢を聞かれて躊躇したことはない。
おばちゃん達に、いくつだったっけ?と聞かれて
いつも36歳です。と答えていた。
私はこのような場合、相手の年齢も聞くことにしている。
とりあえず、○○さんはおいくつですか?
と質問してみるのだ。

すると...

大抵の方は、恥ずかしそうに自分の年齢を教えてくれるのだが
たまに何故か干支を言ったり、あはは...まぁまぁ...のように
答えるのを拒否する方もおられる。




堂々と...アタシ!?アタシ!?


46やで!!



と答えたのは、ただ1人。
松川さん(仮名)だけだったのである。


そこで何度かコミュニケーションを取っているうちに
私はある法則に気がついた。

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