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上半期検索ワード劇場

以前、私のブログにアクセスしてくれる方の検索ワードについて
触れた事があるが、これがすこぶる評判を呼んだ。
詳しく聞きたいというメールをあれ以来何通か頂いている。
この件について、私はかなりの迷いがあったが
公開できる範囲で、お知らせすることにしました。


前回もお話したが
私のブログにはアスペルガー高機能自閉症で来られる方は少ない...
それは、単純に私のブログのタイトルに
それらのキーワードが含まれていないので、上位にヒットすることは
難しいのであるが、こうしてデータを見ていくとやはり
障害者系お笑いブログの片鱗が伺える...


アスペ 笑える行動

アスペルガー 笑われる

アスペルガー 面白い人


もちろん

アスペ当事者ブログ

アスペルガー 完治

などのキーワードもある事はあるが
上記3つのキーワードが、最も多い結果となった。

まず単純に検索ワードベスト10を発表しよう

ココロのひろば

空間認知
【関連記事】
空間認知力がまるでない
空間認知力がまるでないパートⅡ
空間認知力~ある方の導き

寒冷蕁麻疹
【関連記事】
寒冷蕁麻疹
続 寒冷蕁麻疹
その後の寒冷蕁麻疹

アスペ 笑える

ワキガ 多汗症 俺にまかせろ
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モモ語録3
狂喜乱舞

自閉症スペクトラム指数
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自閉症スペクトラム指数AQ

天然ボケ
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天然ボケについて

お米のマルエー
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CMのフレーズ

笑いすぎて漏らす
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笑い過ぎ

10目を開けて寝る アスペ
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サンタクロースの正体



ええ..ええ..気持ちはわかります...

突っ込み所が満載!
中には、ワキガ すみれ
なんて名指しでいらっしゃる方もいる。

わし、ワキガちゃうで...
いや...自分のニオイは自分で気付かないらしいしな...確信はない...

笑いすぎて漏らしたのは私じゃないから!

ああ確かに私はアスペで目を開けて寝てるさ...
でもでも...


アスペと目を開けて寝ることに

何か関連性があるのだろうか...


この世に、目を開けて寝ることに関心がある方が
こんなにいるとは思いませんでした。
このワードでは他に応用編として

目を開けて寝る コツ

ってのもありました。

コツがあるのか...

うう...ツボだ...


私の名前が入った検索ワードは、なかなか興味深い

アスペ すみれさん

ココロのひろば すみれさん

検索をかけるのにわざわざ
「さん」付けをしてくださる方...抱きしめたいです(笑)



山伏 すみれ

おおっ!山伏を御存知で...



アスペ 文章力 すみれ

どこのどなたか存じませんが粗品を進呈いたします。



すみれのとんち話

私にとんちを求めるのは時間の無駄である



アスペ 妄想 すみれ

段々雲行きが...



すみれ 豚

こら~っ!!



しょうがくさいスミレ

...確かに寿司屋に勤めているが...臭いのか?...
明日から気をつけるわ..




その他、面白ワードの羅列

腕相撲自慢 女くそっぷ

股間がかゆい江頭 小力

アダモ バー山伏ブログ

二階堂 正体警察官 定年
芸人 くやしがる ハンカチ



くそっぷを何処で知ったのか...
いずれも、私のブログを以前から読んでくださっている方には
ピンとくるワードが並んでいるが
芸人くやしがるハンカチと警察官の定年だけはよくわからない

質問形式のものも多いが、中でも一番の謎は

視覚障害の泥棒が来たらどうする?

これを検索する意味もよくわからないが
なぜ..なぜ..このブログがヒットしたのかが
最大のミステリーである。

多分あれだろう...視覚過敏の話と私が泥棒呼ばわりされた
あの記事だ...それしか考えられん...




そして、最後にこれだろう。


鼻くそ ほじる 女



これは、惜しくも11位であった。
毎日のように
このワードで私のブログにいらっしゃる方が2人以上。

ちなみに関連記事は



よみがえった悪夢




ワタクシ...


鼻くそほじってません!!


鼻に入ったコガネムシを


取ろうとしていたのだよ



そんな誤解も解けたところで、上半期の発表を終わります。
上半期って今3月やけど、細かいことは気にしないでね。
面白ワードお待ちしています。




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2人の友人へ

なっちゃんと久しぶりにゆっくり話す事が出来た。

昨年の6月頃から、お互い仕事に出るようになってから
こんなにゆっくり話す機会はなくなっていた。

私は、なっちゃんにモモの学校へ提出する資料を見せた。
彼女は、モモのプロフィールを見ていきなり泣き出した。
モモが、どんなに友達に優しくしても
モモが、どんなに友達を求めても
一緒に遊んでくれる友達がいないことを彼女はよく知っている。

うちは、自閉症ってわかったのは早かったしね
遊ばせようとも思ってなかったし...
でも、モモちゃんは違うもんね。ずっと普通に遊んでいたのに
急にこんな状況になったら、辛いよね...
親も辛いよ...


彼女は、以前そう言っていた。

彼女はいつもこうだ。
自分の事はさておき、私の事や私の子供の事を先に考える。
私は、彼女に会ってはじめて人と会話をすることの楽しさを知ったし
こんなに穏やかに時間が過ぎていく場所が
この世に存在する事を知った。

思えば、それまでの人生私は闘い続けていた。

私の周囲にはトラブルが付き物だったし
私はそれを当たり前のように受け入れていた。
何故私は、闘わなくてはならないのか...
何故私は、休む事が許されないのか...
そんな事を立ち止まって考える余裕もなかった。

私と言う人間をはじめて必要だと言ってくれた人。
私の心の声にはじめて耳を傾けてくれた人。
私からは、あなたに何も与える事が出来ないけれど
8年間の感謝の気持ちを込めて...ありがとう。


なっちゃんの口から、もう1人の私の大切な友人の話を聞いた...

たまにコメントもくれるアッチである。

私が、フラッシュバックやパニック時に
自傷行為を止める事ができない事を記事にしたが...
この告白は2人をとても傷つけてしまったようだ。

あの記事を書いた直後に私はアッチに会っていた。
私は、アッチの何気ない話を聞きながら
突然涙が止まらなくなった。
あの記事を書いた前後、私は神経が高ぶっていた。
本当なら、人に会える精神状態ではなかったのだ。
普通に話をしているのに、突然声をあげて号泣されたアッチは
訳もわからず、戸惑っていたに違いない...

帰って、私のブログを見たアッチは全てを悟り
なっちゃんに


とにかく見て欲しい


私を助けてあげて欲しい


と泣きながら頼んだそうだ...

そんな事何にも知らなかった。

ただ、自分が楽になりたい...
ただ、ここから脱け出したい...

それだけだった。


アッチは私に、救われていると言ってくれた。
私の痛みを自分の痛みとして感じて
心が痛いと言ってくれた。


私は、もう闘わなくていいのだ...


私の居場所を

私の生きる意味を教えてくれた2人に

ありがとう。




この記事を最後まで読んでくださった方へ

この記事は、ほぼ私信ですので
コメントは入れてくださらなくてもいいですよ。
最後まで読んで下さってありがとうございました。





あたしはトトロ

体調が悪く、しばらくブログを休んでいたが

私はインフルエンザではなかった...

しかし、頭の痛みが尋常でなく、しばらく起き上がることが
できなかったのだ。

すっかり元気になったモモは、バトンタッチで感染したマルと
私が寝込んでいたために、1人でお絵描きや折り紙
をして遊んでいた。

マルは寝室にいたが、私まで寝室に行くわけにも行かず
私は、モモがいる居間に転がっていた。


寝れない...



5分おきに配達されるモモ郵便...

おかあさんえ
げんきになてね


ううう...(涙)
でも、2,3枚でいいですから...
もう、50枚以上もらってますから...



折り紙のプレゼント攻撃...

そういえば
おかあさんの誕生日だったわ!


いや...誕生日は秋ですが..


おやつの押し売り...

はい、どうぞ!!おいしいですよ!

フガフガ...
強引に口に入れられる



私の近くには

淋しくないようにとせっせとぬいぐるみが並べられ

バスタオルや、毛布や、クッションが私の上にわんさと載せられた。

クッションは、私の顔を完全に覆い隠した。

ここぞとばかりに、私は熟睡させて頂く事にしよう

モモは、DSで遊び始めている...



ううっ!!!



身体に何か重みを感じる...
ほんの少し寝てしまっていた私は、事態がよく飲み込めていない。
恐る恐る目を開けると...


モモが私の上に乗っていた!




あなた、トトロっていうの~??


△@;×%&$□?*







モモ得意の、なりきりモノマネである...

トトロのメイちゃんのセリフそのままで、口調も一緒である。


お...おもしれぇ...

頼む...今日は笑わせないでくれ~~


結局、モモの世界に引きずりこまれた私であった。

私は、すすわたりが出たな~
何度も言わされたのであった...(←ばあちゃん役やん...)





学校に提出した資料

先日は、学校に提出する書類の件で多くのコメントを頂き
ありがとうございました。
あれから、マルがインフルエンザになり
私も体調を崩していたので、コメント等遅れましたことをお詫び
申し上げます。

本日、無事に学校に行き資料を提出する事が出来ました。
私の学校では、このように資料を渡す保護者が今までいなかった
ようで、先生はとても喜んでくださいました。

御自分の体験を元に、親身になってコメントくださった方
私の体調を心配してくださった方
これからやるべき事を自分の時間を削って教えてくださった方

本当に本当にありがとうございました。


※現在、HPを閉鎖しており
この資料を公開することができません。

また公開するつもりではいるのですが、もし
参考にしたい方がおられましたら、メールかコメント欄にて
問い合わせくださいね。





ちょっとしたお知らせ

もしかしたら2,3日お休みするかもしれません。
(しないかもしれませんが...じゃあ何のお知らせや!!(笑))

コメントを頂いても返事が遅くなる可能性があります。

前回の記事には、とても参考になるコメントをありがとうございました
心から、感謝申し上げます。

仕上がった暁には、みなさんに見ていただく所存でございます
あまり、楽しみにしないでお待ちくださいませ。


発達障害の子についての説明をどのようにすべきか


発達障害の子についての説明をどのようにすべきか

(発達障害 学校への説明)


モモは4月から1年生になります。

モモは、特学に籍を置きながら普通学級に通うことに
なっているのですが、私が今考えているのは
担任の先生に、モモに関する事をどのように伝えたらいいかと
いうことです。

幼稚園での2年間の様子や、幼稚園担任からの所見などは
きっちり引継ぎをしてくれる事になっておりますが
私の方からも、何か先生に伝えなくてはならないのでしょうか?

例えば、モモは

抽象的な言語理解力がない

視覚は苦手でどちらかというと聴覚優位である

コミュニケーション能力に乏しい

のような、特徴がありますが
これを具体的に説明した方がいいのか...
箇条書きなんかにするのか...


何だかよくわからない事だらけなのですが
もし、小学生でも、幼稚園でも、中学生でもどなたでも
構いません。就学先に、どのような説明をしたのか
何を伝えるのがいいのか、どのような事でもいいので
教えていただけると、ありがたいです。

....というか、主観的な御意見で構いません。
自分はどうしたか...
自分だったらどうするか...

かなり困っています...
よろしくお願いします。







モモの門出

この記事は続いています。

前回の記事よりお読みくださいませ。

熱で真っ赤になった顔で、泣いているのを悟られまいと
笑顔を見せる我が子を見て
泣かずにいられるだろうか...

癇癪を起こして流す涙ではなく

喧嘩をして流す悔し涙でもなく

恐怖におののき流す涙でもない

ほんの小さな子供が、ココロを震わせ
流す涙ほど尊いものはないと思う。

私は嗚咽したい気持ちを抑えた...
ここで嗚咽などしたらあの子を最後まで見る事ができない。
マルの時は、嗚咽をしてしまったために
ビデオも撮れなかったし、目に焼き付ける事もできなかった。
私は、こらえた...

かなりこらえた私であったが
スライドには、降参だった...

入園式の写真には、モモが大きく写っていた。
腰まである長い髪の毛を束にして口に加えている。

なんちゅう写真だ!!(笑)

この時は、確か入園式の真っ最中に来賓の方々が
御挨拶をしている中、モモは後ろを振り返り

さくらちゃん、今日帰ったら遊ぼうな~

公園で遊ぼうな~

なぁなぁ、お母さん、さくらちゃんと約束した~!!

と、立ち上がり手を振った。
私はそれに答えず、モモに睨みをきかせ座るように注意した。

すると...

聞こえてる?さくらちゃんと約束したねん

と、私のそばまで駆け寄り大きな声で話しかけ
周囲の爆笑を誘った...
来賓の方も、苦笑いされていたっけ。

そして...夏の写真では
モモが大きな口を開けて大好きなスイカを食べている



私は、この楽しそうな写真が、1番好きであり
1番辛いものだった...

モモは就園前から、このさくらちゃんと仲良しだった。
幼稚園に行ってもさくらちゃんは
毎日のようにモモと一緒に遊んでくれた。
でも、それは長くは続かなかった。
さくらちゃんは、他のお友達と遊びたかった。
赤ちゃんの頃からモモと付き合っていた、さくらちゃんは
他のお友達と遊ぶたびに

何でこんなに楽なんだろう

何でこんなに会話ができるんだろう

そう思ったようだ...

そして、モモから離れていった。
モモはこだわりの女である。
もちろん、さくらちゃんの影を未だに追い続けている。
しかし、それがまたさくらちゃんを遠ざける結果になる。

先生も私も、モモが何とか他のお友達に目を向ける事が
できるようにしたかったのだが
モモの心の中までは変える事ができなかった。
モモは、今日帰宅してから折り紙と卒園おめでとうのメダルを
作っていた。そこには覚えたての字で

さくらちゃん え

と書かれていた...


別れの言葉と、歌がはじまった。

モモは2列目に並んでいた。小さいモモ達が後ろにいるのは
とても不自然なことなのだが、モモが席を立ち歩く事がないように
園側が配慮してくれたことだと思っている。
当然、前列には大きな子が並んでいるので
後ろにいるモモは、私の場所からはチラチラとしか見る事が
出来なかった。

すると...どうだろう...

モモは、大きな子の横からピョコッと顔を出して
身体を斜めにしながら、私の顔を見てセリフを言い出した。

私に見えるように...
私との約束を果すために...

そして、園歌を幼稚園生活ではじめて最初から最後まで
歌ってくれた。


式が終わり、病院へ着くと...
モモは私の膝で眠ってしまった。
外で寝る事ができないモモは、どんなに疲れても
車の中でさえ眠らない。
しかし、寝不足と自分の力を出し切った疲れから
モモは、眠っていた。






どんな夢をみているのだろうか...
これから、その手にどれだけの幸せを掴む事が出来るのだろうか...
私は、熱く小さなその手を握り

いつか、この子も小さな手を掴み何かを思う日がくるのだろうか
いつか、私のように愛する我が子の晴れ姿を見て涙を流す日が
くるのだろうか...
どんな未来が待ち受けているのかわからないが
この子に今日よりずっと、輝かしい未来が待っていますように...

そう願った。




今日は、ココロのひろばではおなじみの遺言を残した
私の亡き祖母の誕生日であり、旦那の亡き祖母の命日である。
モモは2人の祖母に見守られ立派に卒園式を終えたのかもしれない。

S先生をはじめ、諸先生方、温かく見守ってくれた保護者の方々
私をいつも励ましてくれた友人とココロのひろばに
アクセスしてくださる、全てのみなさんに心からありがとう

モモのココロが震えた日

本日は、モモの卒園式。

実は昨夜、41度まで熱が出たモモ...
夜中うなされ、泣いて、あちこちが痛い
そして眠ると怖い夢を見るから...と言って朝方まで
一緒に歌を歌ったり、お話をして過ごしました。
私は、何としてでも証書を受け取りに行くだけでも行きたかった
モモに何度もその話をしては、少し眠るように言うのだが
モモは、聞き入れなかった...

41度まで上がった朝方、座薬を入れた。
熱は少し下がったが、それでも目覚めた時で39度。

どうしたらいいのだろう...
行くべきか...
諦めるか...

とりあえず、私は園に電話を入れた。
主任先生に事情を話し、着席時間ギリギリまで様子を見て
行けそうなら行く事を話した。
主任先生は、きっと隣で心配そうに電話を聞いていただろう
担任の先生に代わった。
担任のS先生は、すでに泣きそうだった...

私の心は先生の声を聞いた時にもう決まっていた。
ダメだったら、帰ればいい。
とりあえず、行こう...

園に行く前に、卒園式が終わったらすぐに診てもらえるように
病院へ寄り私は、重くて熱いモモを抱えて門をくぐった。

式が始まる前に、6人不調を訴えている子がいると
保護者が噂をしていた。
20人中6人だから、結構な数である。
そのいずれも症状は重く
モモのように高熱を出している子もいた。
恐らく、先週から流行りだしたインフルエンザB型であろうと
思われるが、保護者達はみんなただの風邪
を強調していたらしい。
私も、原因を聞かれたので正直に
昨夜熱をだしたばかりだから、まだわからないけど
もしかしたら、インフルエンザかもしれないねん...と答えた。

すると...周囲の保護者達がすごい勢いで振り返る...
当然責められるものだと思っていたのだが

そう!堂々と言えばいいのよ

インフルエンザだからって休ませるなんて出来ないよね

今日ぐらい、みんな許してくれる!!大丈夫よ

モモちゃん練習頑張ってたんだって!最後まで持てばいいなぁ

[ただの風邪]の保護者へのあてつけなのか、心からの同情と
励ましなのかはよくわからなかったが、私はその時点ですでに
泣きそうだった...


私は、卒園式にあたり家での特別練習はしない代わりに
モモと3つの約束をした。

席を離れない

決められたセリフと、歌を大きな声でする

キョロキョロしない


入園してから1度も出来なかったことばかりである。

モモは自席に座っている事が出来なかった
いつも、席を離れて私の所へ走ってくる

歌を歌っているとき必ず途中でやめてしまう

いつも、心ここにあらず...といった様子で
キョロキョロして、話を聞いていない

この3つのお約束は、1つでも守れれば上出来なのである。
ましてや、今日は座っているのも辛いはずなのだ。

証書を受け取ると、園児は回れ右をし
花道の向こうで待っている母親に、なにか一言言葉をかけて
証書を渡す。
みんな恥ずかしいのだろうか...モジモジと渡して無言で
席に戻る姿が目立つ。

モモの番である

モモは大きな返事をして、受け取りに行く。
さすがに、みんなの前で見本を見せただけあり
様になっているじゃないか...

モモは園長先生から証書を受け取る時に
ありがとうと言った

以前、担任の先生が教えてくださった

証書を受け取る練習の時にね、みんな無言で
受け取るんですが、モモちゃんだけは大きな声で
ありがとうございました!!って言うんですよ


私はそのお話がすごく嬉しかった。

確かその場で...

うわ~っ!先生...うちの娘って可愛いですね~

なんて事を言ったくらいだ(笑)

モモは大きな声で「ありがとう」を言い
私の所にきてまた一際大きな声で「ありがとう」と
渡してくれた。
ここでは、すでに泣いている人がいたが
私はちっとも涙が出なかった。

うちの娘ってなんて可愛いのだぁ...
などと思ってニヤついていたのである。


しかし....


席に座った瞬間...私は信じられない光景を目にした


モモが泣いていた

声を出さずに

顔を覆う事もせずに

モモは、ポロポロと涙を流し

そっと、手で拭っていた。

ねぇ...神様...
この子には本当に障害があるのでしょうか?
この子には確か自閉症という障害があって
知的障害も持っているんですよね?

人の気持ちがわからなかったり
場の空気が読めなかったり
感情をコントロールするのも苦手だったはず

じゃあ、どうしてこの子は泣いているの?

じゃあ、どうしてこの子は泣いているのを悟られまいとしているの?



ただ単に私との約束を果すために一杯になっていた心が
証書を渡した瞬間に、解き放たれたのかもしれない

私と目が合うと、モモは泣いてなんかいないよ~

って素振りを見せて、笑顔になった。






いつも長くてごめんなさい...
ほんまにごまんなさい...

この記事は2回で完結します

続きは、今夜か明日のアップになります。



kanoさんからの贈り物

2人の自閉症のお子さんを育てるkanoさんの
イラストと、詩を紹介します。



kanoさんイラスト




どうして私のままじゃいけないの?

そんなこと 思えなかった。

変わらなきゃいけないと 思ってたから


わたしは どう変わればよかったの?

がんばって、変わろうとおもったんだけど・・・

どうやってかわったらいいのかって

わからなくて・・・


いい子でいたいとおもってたんだけどね

よろこんでほしいとおもってたんだけどね


できなくて わからなくて ごめんね・・・

っていつもココロが痛かった。


そのままでいいよって いってほしかった。

わたしのままで 抱きしめてほしかった

そんなこともいいだせなくて

ほんとはとってもつらかったんだぁ


でもやっと出会えたんだよ


わたしのまま抱きしめてくれる人・・・


小さい頃から ずっとそばにいてくれた・・・「わたし」

「あなたはあなたのままでいい」

いっしょに泣いてくれました。


もう わたしは「わたし」でいても いいんだね







先日、バリバリのアスペルガーだった子供の頃の私を
受け入れる事を気付かせてくれたkanoさん。

時間に余裕のある方は
ネクラな前フリ
ネクラなつぶやき
ネクラの叫び

を読んでいただけるとよくわかります。

おいおい、そんな3つも記事を読む時間なんてねえよ!!

という方は
2人分の涙
だけでも御覧ください。



これ...紛れもなく私です。

家族に、先生に、友達に
決して認めてもらう事が出来なかった、子供の私です。

今、この世に成人アスペルガーの方が
どれくらいいらっしゃるのでしょうか...
多分、私だけがこんな思いをしてきた訳じゃないと思うんです。

アスペルガーに限らず...

この絵に自分を重ねる方は少なくないと思います。

子供の私の存在を見つけてくれ
こんな素敵な絵と詩を描いてくださったkanoさんに
心から、お礼が言いたい。

ありがとう。



※kanoさんのブログ「愛しい時間」は残念ながら閉鎖されて
しまったので、この原文を彼女のサイトで、見ることができません。

kanoさんの幸せを心から願っています。


2007年 11月16日  追記






モモの世界

ちょっとヘビーな話題が続いたのでここで一息...

コーヒーを淹れるのが上手なママ子ちゃんにお茶をお願いして...

モモは、来週卒園します。
今日は最後の幼稚園に行きました。

モモが持ち帰った作品を展示してみることにします。

自閉症児のモモの感じた世界...御堪能ください。






節分に書いた鬼。お面と違ってツートンカラーではありません。
大黒天のようなありがたい耳が特徴です。



はらぺこあおむし


はらぺこあおむしだそうです







自分の似顔絵






遠足で行った海遊館







恐竜





桜の木



落武者


落ち武者にお気づきか...





私は絵の事はわかりません。

子供の絵はみんな常識に捉われておらず、伸び伸びと
人目を気にせず描きますよね。
モモも、少しづつみんなの物真似をしだして
年少の頃のような、奇想天外な絵を描くことは少なくなりました。

幼稚園でのはじめての参観の時の話ですが
教室の後ろには、お母さん達の似顔絵が貼られていました。
それぞれに個性的で、面白かったのですが
モモの絵は一際異彩を放っておりました。

3人の顔が描かれていたんです

お母さんは1人のはず。
もちろん、どの子も1人のお母さんを描いていました。
モモにそのことを聞くと、私と担任の先生と
自分の顔を描いたんだそうです。

既成概念に捉われない素直な発想に、ちょっと胸が熱くなった
瞬間でもありました。



追記

今、モモは卒園式の練習をしています。
今回、家では一切練習をしないことにしました。
モモが最後にどんな姿を見せてくれるのか、不安と期待で
いっぱいです...
証書を受け取るのがとても上手で、先日みんなの前で
見本として、披露したそうです。







2人分の涙

ネクラシリーズをめでたく完結いたしました。

今までにない疲労感を感じ...

霊能者が霊と対決した
後ってこんな感じなのか??

と勝手な想像を膨らませています。

あまりにも負担があったので
本日の記事はお休みしようと思っていたのですが
みなさんのコメントが、にんにくのように効いてきましたので
こうして書くことができています。

私のフラッシュバックの原因がなんとなくわかりました。
フラッシュバックの原因っていうのは言いすぎですね。
これは子供の頃からあったのですから。

ただ...今になってどんどんとひどくなる一方の
フラッシュバックの謎は解けたような気がします。

そのヒントはkanoさんのコメントの中にありました。

許可は貰っていませんが勝手に引用させていただきます

傷つくことから開放されたいと思っている
子供のすみれさんがね・・・
お母さんのことを憎めなくて
自分のことを傷つけている子供のすみれさんがね
憎むんじゃなくて、傷つけるんじゃなくて
そのまま受け入れて欲しい!!
と思っているメッセージなのかもしれない・・・

すべてを受け入れて、癒されるのには
時間がかかるのかもしれない・・・。
でも、気がついてあげている大人のすみれさんがいる!!
ひどくなっていくフラッシュバックは
子供のすみれさんが、今大人のすみれさんに
モモちゃんを受け入れてあげてるように
受け入れてほしい!という叫びなのかもしれない。
それができるという時期にきたから
大人のすみれさんに甘えて訴えてるのかもしれない・・・

そんな風に思えます・・・



実は、私はこの最後の記事に
寄せてくださったみなさんのコメントが
本当に嬉しくて昨日からずっと泣いていました。
みなさんお1人お1人が、どれだけの時間を使って
私の為に考え、コメントされたのだろうって
それぞれが、それぞれの悩みや苦しみを持ちながらも
それを投げ打って、私の為に考えてくださる時間を設けて
コメントを打ってくださっている。
1人として、楽に生きていらっしゃる方はいないでしょう...

ココロのひろばに集まっていらっしゃる方は
様々なものを抱えていらっしゃいます。

持病と闘っている方

母としての自分を日々責めている方

誤解や偏見に押しつぶされそうな方

うまく人と付き合えない方

自分を変えたくても変えられない方

ネクラな方

障害を受け入れて日々奮闘されている方

みなさんが、数多くのサイトの中から
ここを選んで来てくださる奇跡に心から感謝して
1つ1つのコメントを大事に大事に読ませていただきました。

kanoさんのコメントは
朝の時点で1番最後に入っていたのですが
私は、ずっと泣いていたはずなのに
彼女のコメントを読んでいるうちに
不思議な感覚に陥りました。

泣いているのは私であるようで、私ではない。

そこで私は時間を置きました。

病院などへ行く用事を済ませ、帰ってきてから
コーヒーを淹れてしばし物思いにふけりました。
そして、もう一度みなさんのコメントを検証しました。
やっぱり、涙が溢れてきて止まりません。

最後のkanoさんのコメント...

やはり、おかしな感覚に陥ります。

涙がどんどんどんどん出てくる...
その量たるや、それこそこれがギャグ漫画の涙か!
ってくらいのもので
着ている上着がビショビショになる程でした。

具体的に説明すると

みなさんのコメントに私が感動した指数が100とします。
その100の指数に対し、流した涙が1リットルとします。

kanoさんのコメントに私が感動した指数は、みなさんと
同じ100なのに、流した涙が2リットル。

これは、どういうことなのか暫くしてからわかりました。


子供の私が泣いていたんです


なぜ泣いたのか...それは


私が、娘のモモに無意識のうちに嫉妬をしていたのかも
しれません



いくら、いい子にしていても努力していても
母や先生や友達に、悪い子だ!悪い子だ!
と言われ続けた子供の私。
決め付けられて、いい事をしてもそれは私がした事だと
気がつく人はおらず、誰かが代わりに褒められる。
私がやったと言えば、嘘をつくなとなじられる。

妹は片づけが苦手でよく物を無くしていた。
私は、妹とおそろいのものを大事に使っていた。
妹が無くしたというと、母は
私の大事に使っているものを「盗った」といい
いつも取り上げた。

妹は部屋を散らかした。
子供の頃同じ部屋にいた私はきちんと片付けていた。

妹は、おとなしくていい子だから部屋を汚くする訳がない
部屋を汚くするのはすみれなんだから,すみれが片付けなさい。

物をなくすのは、落ち着きの無いすみれに決まってる。
おまけに悪い子だから妹の物を自分の物だと言って
嘘をついている


受け入れてもらえなかった
信じてもらえなかった
自分は愛されているのか?いつか本当に
捨てられるのでは?

とビクビクしていた、子供の私が

ありのままを受け入れてもらい
信じてもらい
愛されているモモに、嫉妬を感じていたのだ。

本当におかしなことなのだが
私はそうなんだと直感した。

それに気がついてもらえた、子供の私が泣いていたのだ。

私は二重人格ではない。
これは、言葉で説明する事は難しいが
わかってもらえるだろうか。。。

大人の私に何かを言っても仕方が無い。
子供の私を私がいたわってあげなければならないのだ。

よく頑張りました...

よく生きてきました...


心の中で私はたくさん自分を褒めてみようと思う。

そうしたら、何かが変わるかもしれない。



ネクラの叫び

前フリ長い...
前フリは前記事2つをお読みください。

やっとここまでたどり着きました。
ブログをはじめてから、私は少しずつ安定した。
みなさんのお陰で、ほんの少しの自信を取り戻した。

でも、私の記憶は想像以上に私を苦しめるのだ。

35年間生きていたら、みんな色んな事があったと思う。
鮮明に覚えている忌まわしい記憶がある方もいると思う。
私以上に、辛い経験をされている方は、たくさんいると思う。

私には、乳児の頃からの記憶がある。
そして、14歳くらいまでの頃の記憶は
ちょっとした手がかりで完全に再現する事ができる。
嫌な記憶ほど鮮明に蘇る。

焼け付くような日差し、責め立てる人間の口臭、道路工事の音
雪の上を走るチェーンの音...
罵倒されながら見つめていた天井の模様、殴られてぶつかった壁の
模様、落書き

その1つ1つをここで公開していたらドン引きは必至であるし
何より私の身がもたない。

ただ2つ程話せるレベルの例を挙げると
これは以前も話した事があったが、私はよく母に精神病院に
連れて行かれた。
それも、普通の病院ではない。
窓に檻がついているような生易しい病院ではなく
そこは、外にダイレクトに牢屋が並んでいる。
檻には窓もなく、いわば動物園の檻と一緒である。
粗末な藁で編んだような簾が気持ち程度にかかり
中を覗くと、またこれも粗末な藁でできた敷物と
銀色に光る食器が転がっている。

私は、いつもその牢屋の前に荷物と一緒に置きざりにされた。
母が戻ってくるまでにどれくらいの時間が経過していたのかは
わからないが小さな私にとっては、相当な時間だったように思う。
その病院に連れて行かれるのは夏だったり、雪が積もる時期
だったり色々だった。

いつか迎えに来てくれるだろう...
いや、今度は本当に捨てられたのかもしれない...
泣く気力もなくなり座り込んだ地面の暑さと、焼け付くような
日差し、だらだらと流れる汗と涙と鼻水がぐちゃぐちゃになった
顔をこすりながら、ただひたすら母が戻ってくるはずの
道路を見つめた。

雪の積もった時は決まってチェーンをつけていた。
あの独特の金属音が、今でも忘れられない。
今度も、来ないかもしれない母を檻の前で待ちながら
国道を通り過ぎる様々な自動車のチェーンの音を
耳を澄ませて聞いていた。
母の運転する車のチェーンの音はすぐにわかった。
私は、その音が聞こえてくるのをいつも祈るような気持ちで
待っていた。

20歳の時だった...
夜行バスに乗った時に、このフラッシュバックが起きた。
乗客が寝静まった車内に響くチェーンの音。

足が冷たくて、立っていられない...
でも座る事も出来ない...
息を吸い込むと鼻が凍ってくっついてしまうほどの寒さの中で
私は悪い子だから、罰が当たったんだ...
私は悪い子なんだ...

あんたみたいな子は、うちには置いておけない。
あんたみたいな悪い子が他にいるかい?
あんたみたいな姉だから、妹や弟に悪い影響が出るんだよ
あんたみたいに何度言ってもわからない子はこうするしかないね

全てが一気に蘇った。

暖かい車内で私の手は、本当に凍りつくほど冷え切って
座っているのに、私は足をこすり合わせて立っているような感覚になる

目の前には、大型トラックや乗用車が何台も通り過ぎる

私は叫び、泣き続けて、母にごめんなさいと何度も言った。

近くに座っていた男性が、嫌な夢でも見たんですか?
大丈夫ですか?と声をかけてくれた。
私は眠っていなかったので、夢ではなかった。

このようなフラッシュバックが、年々ひどくなってきている。
この例は、明らかに忘れられない過去なのだが

ほんの些細なこと...
例えば、周囲の空気が読めない私は
友達に避けられている事も気がつかなかった。
一緒に遊ぼう!と言うと、数人の友達が目配せのような
素振りをして微妙な空気の中で、仕方なく いいよ...
と答える。
そんな時は決まって、一緒にいるのになぜか1人で遊んでいるような
訳のわからない淋しさを感じたことはあったが
私は、その意味を知らずに大人になった。
一緒に遊んだのは一緒に遊んだのだから。
人は遊びたくない時には、はっきり 嫌だ!
と言うものだと思っていた。
いいよ!といったのだから、友達も遊びたいと思っていた
はずだったのだ。

大人になってその光景を思い出した時に
私は、友達に避けられていた事をはじめて知った。
色んな経験を積んで、私はそのからくりをとうとう見破ったのだ。

そんな時は恥ずかしくて恥ずかしくて
消えてしまいたくなる...
自分の馬鹿さ加減に呆れて、何でそんな事に気がつかなかった
のかと責めてしまう...
ふと思い出す、こんな些細な思い出でさえ
打ちのめされてしまうことがあるのだ。

そんな時は、私は自分を傷つける。
壁を殴る、頭を打ちつけるそれでは気が済まなくて
自分の顔や頭を拳で殴り続けるのだ。
でもそれは、後で困るので
最近は、自分の太腿を殴る。引っかく。
血が出るまで爪でえぐっても、いい子の自分は現れない。

私の足は、傷だらけである...
爪の痕、アイロンを押し付けた痕、これはいつまで
繰り返されるのであろうか。

経験を積むことによって、どんどん
生き易くはなる。
しかし、色んな事がわかってくるとその分、過去の自分が
ひどいものに思えてくる。

私の母は、私をどう扱っていいのかわからなかったのだ。
以前、母と話す機会があって知ったことなのだが
小学校2年生の時の知能検査で、私はIQが140もあったらしい。
九九も一日で覚えたそんなに知能が高い子供が

何故、言っている事が理解出来ないのか?

同じ事を何度も聞くのか?

当たり前のことを知らないフリして
質問するのはふざけているのだろうか?

指示通りに動いた事がないのか?

習い事に行ったら一日でクビになってくるのか?

大人をおちょくっているのか?

そして、母のよく知っている自閉症の症状に酷似しているのか?

(皮肉なもので母はその当時ボランティアで、カナータイプの自閉症の子の療育に携わっていた)

母はきっと、すごく困ったのだと思う。
私は、モモに障害があるとわかっても手に負えないと
感じてしまう事がある。
戸惑う事も多い。

母はそれらの全てが私の持ってうまれた性格であると
思っていたのだから、頑張りすぎたのだ。
学校に行けば先生に、嫌味を言われ
クラスメイトや御近所の母達にも、もしかしたら
何か言われていたのだろう...
すべてが、母親のしつけが悪いとされていた時代だった。

憎たらしくて仕方がなくなることもあって当然。
母も同じ人間であるのだから。
もともと穏やかな気質の母を鬼に変えてしまったのは
私のせいなのだから。

その証拠に、母は私が成長するにつれ
元の穏やかな人間に戻っている。
いつもニコニコ。
人のために、どんな苦労も背負ってしまうお人よしで
優しい母なのである。

私は、本当の母がどんな人間であるかちゃんと
知っているし、時代背景を考えてそして自分が障害の子を
育ててみて、はじめて母の気持ちに共感できた。

だから、未だに私は母を憎むこともできず
自分を傷つける。
誰も憎まずに、自分が傷つくだけで済むのだから
それでいいのかもしれない。

今は、私の母のように追い込まれるママさん達は
あまりいないかもしれません。
情報は氾濫し、理解も少しずつ深まっています。
みなさん、きちんと我が子に向き合って愛情一杯の
子育てをしています。

私のようになってしまう子は、ほとんどいないと思います。
でも、私が上で述べたほんの些細な思い出
(みんなに嫌われている事に気がつかなかった
空気が読めなかった等...)
の答えが出たときに,私達の想像以上に子供達は打ちのめされます。

その時に助けてくれるのは、周囲の励ましや優しい言葉では
ありません。

自分が誰かに愛されていた、必要とされていたという
確かな記憶と、温かい気持ちになった時の記憶です。

時には厳しく叱ってもいい...
手が出ることもあると思う。
大人が感情的になりすぎて、理不尽な叱り方をすることも
アリだと思う。

でも、両親を含め人々が自分に注いでくれた愛情と
温かい思い出の数々は、きっと助けになる事でしょう。
そして、子供達にたくさんの自信を与えて欲しい。


(第三部 完)



ネクラなつぶやき

この記事は続いています。

前フリの記事を読みたい方は、1つ前の記事を御覧ください。

自分の記憶の大掃除や、整理が出来た事の他に
様々なジャンルの個性豊かな人々との出会いも、私に多大な
影響を与えました。
1人1人の名前を挙げては、その方々の魅力を語りたい気分です。
1記事1人で、しばらく連載が続けられそうです。
これ、いつかやってみたいな...

現実の私は、一見明るく見えますが完全に引きこもりタイプです。
こんなに弾けたお笑い生活をしているにも関わらず
根暗で、人と話す事が出来ません。
(普通に話せる人はほんの数人)
参観や、懇談会で自己紹介をさせられても、名前を言うのが
精一杯で、持っている資料やハンカチで顔を覆いながら
話す事も多々あります。
(マジでネクラやないか...)
親の会の活動などに積極的に参加するタイプではないし
こういう媒体を使わない限りは絶対に知り合うことのなかった
みなさんとの出会いが、私を支えています。

子供の頃、みんなの前で漫才をしたり
アイドルの真似をしてみたりしていた目立ちたがりの私が
なぜ、こんな風になったのか。
それは、今に至るまでに数々の攻撃にあい
熱い男の手によって、少しだけ戻してもらった自尊心が
粉々になってしまったからです。

私は、マルを授かる前年まで鬱病でした。
旦那や、周囲の方、実家の両親とも一言も口をきかない
生活が続きました。
家から一歩も出ず、深夜に旦那が帰宅するまで一口も
物を食べる事をしませんでした。
お腹は減っているのに、立ち上がるのも面倒だったのを覚えています。

何とか回復した私は、人との摩擦を避けるために
人とお付き合いをしないことを学習していました。
人と関わりを持たなければ、裏切られる事もない
人と関わりを持たなければ、苦しむ事はない

自分の意見を言わなければ、反論される事もない
余計な事を言わずに、ただ頷いていれば誰かを傷つけることもない

正直、今も基本的にこの考え方は変わりません。

でも、ここではちょっと違います。
もちろん、全てをさらけだすことなど出来ないですが
ありのままの出来事をみなさんに読んでいただき
色んな感想をいただきます。
こんなに嬉しい事はありません。
私が恥ずかしくて封印していた出来事1つ1つに
共感してくださり、温かい感想を寄せてくれる事は
私に少しづつ、力を与えてくださっているのです。

アスペルガー当事者さんからのコメント
アスペルガーのお子さんを持つ親御さんからのコメント

すみれさんのような、大人になれるのなら
アスペルガーも悪くない


暗いブログが苦手な方からのコメント

すみれさんのブログは、気持ちを明るくしてくれます


これらの言葉は、私にとって心躍る最大級の賛辞であり
一生忘れることのない贈り物だと思っている。

こんな素敵な言葉を贈ってくれた方々に申し訳ないが
本日は弱音、根暗全開でお送りしてしまいました。
更に次回はこんな素敵な言葉を贈ってくださった方を
失望させてしまう内容になるかもしれませんが
どうか、どうしようもない私がいることも知って欲しい。




(第二部 完)

第三部は、すみれの闇の部分に触れます
明日以降のアップになると思います



ネクラな前フリ

この記事より「ネクラ三部作」でお送りします。

多少、今までの記事に重複する部分があると思いますが

読んでいただけると幸いです。

お笑い記事しか読みたくない方はスルーしてくださいませ。

ブログを開設したきっかけは、娘のモモが
広汎性発達障害との診断を受けた事がきっかけでした。
私は、モモに何らかの障害があることに
彼女が2ヶ月か3ヶ月の乳児の頃には気がついていました。
とにかく寝ている以外は泣き続け、私が抱こうとしても
抱かせてくれませんでした。

診断を受けたのが5歳の時でしたので
5年間私は、モヤモヤとした気持ちで過ごすことになりました。
病院へ診断に行こうとしても、保健センターや療育の先生
発達心理の先生は、その必要がないことと多少の発達の遅れや
こだわりがあるものの、発達障害とは違う事を力説しました。

5歳になって、周囲の声を無視して私は病院へ連れて行きました。
先生はひと目見て、モモに障害がある事を告げました。
幼稚園にその事を伝えると、幼稚園の先生も
その診断に疑問をもったのか、県内にある発達障害の専門医への
受診を勧めました。
そこでも結果は同じ。

しかも、ここまで放っておいたら遅いような事を告げられました。
確かに療育といっても
モモは障害児専門の療育へ通っていたわけではなかったので
そのことについて、どうしてきちんとした
療育をもっと小さな時から、受けなかったのか...
そう言われました。

その時には、私は素直にその言葉を受け取りました。

私が気がついていなければ、まだ良かった。
私はあんなにも早くに気がついていたのに
この子に
適正な療育を受けさせてあげることが出来なかった。
もう幼稚園の年長...
小学校まであと1年しかないのだ。

そして、同じような境遇にいる子供たちを
一刻も早く、救ってあげたいなどと思っていた。
私と同じ気持ちでいるお母さんが
1人でも2人でも私の書いたものを見て
子供の障害に気がついて、一刻も早く診断を受けて
適正な療育を受けることができれば
自分自身がとても救われるような気がしていた。

ちょっとずつ、そんな気持ちに変化が現れたのは
私がアスペルガーであることを告げられてからだった。

障害を持つ子供の母親という立場から一転
障害当事者になった。

私が小さな頃から感じてきた違和感や、摩擦や、突拍子もない行動の
数々は、そのせいである事を知った。
私の脳には膨大な記憶が残っている。
いくつもの部屋にぎゅうぎゅうに詰め込まれていて
扉を開ければ、雪崩のようにそれが襲ってくる。

それは、人間の標準装備であると私は信じていた。

誰しもそんな記憶は、正確に残っているものだと思っていたし
その他の、感覚過敏であるとか、こだわりであるとか
パニックになるのも、全てが標準装備。
ただ、自分の我慢と努力が足りないだけである。
そう信じて疑わなかったし、そしてその思いはまだ私から
完全に離れてくれる事はない。

しかし、私の記憶はモモの記録を載せる事や
早期療育を提唱するなんておこがましい事よりも
役に立つような気がした。
今は、たいていの親御さんは専門家顔負けに情報を持っている。
発達障害の勉強になるサイトは、たくさんあるのだ。
そんなサイトがたくさんある中で
私のブログにわざわざ足を運んで勉強する人間などいない。
私自身が、障害について詳しい知識を持ち合わせていない。
(誤解があるといけないので、書いておくが
まだ、モモが診断される前に親友の子が自閉症と診断された。
その時には、図書館の本を隅から隅まで読んだし思いつく限りの
本を取り寄せて読み漁った経緯はある)
ここに訪れてくださる方の方が、何倍もお詳しいのは間違いない。

モモはモモで、私は私...
自然体でいいんじゃないかな...
療育を受けさせる事ができなかったと
後悔して、悩んでいても仕方がない。
もしかしたら、それはモモには必要がなかったから
縁がなかったのかもしれない。
以前記事にした「人生にもしもはない」と教えてくれた
祖母の遺言を思い出す。

きっとそれによって
伸びる子には適正な時期に縁があるのだ。
モモは、行っても効果がなかったのかもしれない。

そこで、私は私なりに自然体で育児をすることにした。
モモのいい所は、そのまま残したい。
私は私で、出来る事を探す。

それが、現在のココロのひろばをつくるきっかけになった

少しづつ自分の記憶を整理していくうちに
頂いたコメントを読んでいるうちに
自分の特性を把握することが出来た
そして、ずっと隠して見て見ぬフリをしてきた恥ずかしい記憶が
決して恥すべきものではないことを知った。
少しづつ、表に出す事でそれは私の血となり肉となり
新たな私を創っていったのだと思う。

私は、この作業を繰り返す事によって精神が安定していくのを
感じたし、子供への関わり方もどんどん良い方向へ向かっていった。
自分自身を振り返り、整理することで
現在娘達に伝えるべき事やっておかなければならないこと
避けたほうがいいこと、言葉を選んで慎重に対処しなければ
ならない事を自分なりにまとめることができた。

私にとっても、子供にとっても大きな収穫だったのである。



(第一部 完)

次回は第二部「ネクラなつぶやき」でお送りします


ガタラットと呼ばれて...

不良少女と呼ばれて...風にはじまった今回のお話。

私は、昨日子供と3人で久しぶりに美容室に行ってきた。

チリチリではないけれど、うねるタイプのクセ毛の私は
定期的に縮毛矯正をしている。
最近のパーマはものすごく進化をしています。


私のようなクセ毛の人間が、エビちゃん風の髪型にすると

残念な結果になるのは必至である。



ちなみにワタクシ...若かりし頃に流行ったソバージュを

短めでかけると

サイババに

長めでかけると

欧陽菲菲

に、なれるという特技を持っておりました。


話は戻って、エビちゃんの髪型ですが
デジタルパーマの登場によって、こんな私でも
エビちゃん風になれる時代になったんです!!
不可能とされていた、縮毛矯正の上からも
デジタルパーマなら
カールをつけることが出来るんですよ!
これで、トップやサイドの膨らみを抑えて、毛先だけカールが
出来るんですね...

しかし...今回の私の髪型はサラサラのストレートで
ございます。
しかも、背中まであった髪を顎のラインまでバッサリ切りました。

そうです!そうです!

長澤まさみにそっくりです!

彼女と並んで、「だ~いすき!!」と叫んでみたら
きっとどっちが本物かわからないくらいだと思います。
いや~参った...

私が、髪型の相談をしている時のこと。

隣の席では、モモが断髪式を行っておりました。
お尻の下まで伸びた髪を30センチほど
切っていただいておりました。

おかあさん、可愛くなってね

などと声を掛けてくるモモに
美容師さん達も「かわいい~♪」を連発。
しばし舞い上がっていた親子2人だったのだが...


おかあさん、もうガタラット終わり?
とモモ。

もしかしたら、「NHKのおかあさんといっしょ」のことかしら?


そうだね...もう終わっちゃってるね
観たかったの?

と聞いてみた。

しばらく黙っていたモモだったが、またしばらくして


おかあさん、ガタラットやめるん??


ガタラットがやめる?

そっかぁ...3月はお別れの季節やねぇ...
おかあさんと一緒のキャラクターが,
4月から新しくなるのね...



そうなの?残念やね...新しいのに変わるんだねぇ...

そう答える私に頷くモモ...

しかし、モモはまだ食い下がる




あんなぁ...おかあさん、ガタラットやんなぁ??



へ.....?




だってマルちゃんも言ってた!!

ねぇ!マルちゃん!ねぇ!?


...おかあさんがガタラット?
おかあさんと一緒のガタラット?


ここで、別室で遊んでいたマルが呼ばれて飛び出て
ジャジャジャじゃ~~~ん!!


おかあさんってガタラットやもんなぁ?
モモが鼻息荒くマルに言う

キャハハハ~!!モ~ちゃんそれは内緒やんか!!


.....なんなんだ?この姉妹...?
しかし、なんだか嫌な予感がする私は、すぐに
マルを別室に戻るように言った。


しかしだ...
私と話をしていた美容師さんがマルに何か知ってるの?
と聞いてしまったのだ。


コラ~~~!!ッ流せッ!

流しやがれッ!!


可愛い美容師さんに聞かれたマルは得意げに答える


おかあさんの髪の毛が

ガタラットに似てるねん。ぷぷぷ~ッ




いや、マルは面白いかもしれんが、美容師さんは
ガタラット知らんし...
ホレ、意味わかってないやん。
若いお姉ちゃんで良かった~ガタラット知らんもん。
アホな姉妹よ...
こんな所でそんな事言っても誰も知らんしな~

私は勝ったつもりでいた!!

鏡越しに、自分の髪型が本当にガタラットに似ているか
そーっと確認しようと、目線を変えた...
鏡の中には、後ろの方で雑誌を片手にこちらを覗く人物が...
目と目が合ったので、鏡越しに笑顔でちょっとだけ
頭を下げてみた。
その方も、急いで頭を下げた。

もう一度その方が頭を上げたとき...顔が笑っていた。
笑顔ではなく...明らかに笑っていた...

(知ってるのか...!!)
(私とガタラットがつながったのか...!!)



クセが出まくり、広がりまくりの
私の髪だったが...

なぜにガタラットなのだ!?

とにかく......私、ガタラットやめました...





ある女教師との思い出

恩師といえば真っ先に浮かぶのが、熱い男なのだが
考えてみると、私は幼稚園から高校を卒業するまで
担任には比較的恵まれてきたような気がする。
しかし、どの時代も女の先生との相性はあまりよくなかった...

小学校3年生の時のお話。

私が、軍隊式小学校へ転校してすぐに出会った先生。
この先生は、おばあちゃん先生だった。

田舎のおばちゃんがそのまま教師になったような感じで
初対面で悪い印象はなかった。
でも、この先生はしばし私を追い詰める事があった。
その事に、まだ小学生だった私は気がつかなかった。
その先生に何を言われても、何をされても
私は、酷いと感じたことはなかった。
ただ、辛かったのは間違いない。
何だかよくわからないけど、涙が出てくる。
それは、自分が傷ついているからだと知ったのは
ずっとずっと後の事だった...

私は、授業中にジッとしている事が出来なかった。
歩き回る事はなかったが、手を動かす事をやめる事が
出来なかった。
先生の言うとおりに動く事も出来なかったし
協調性もなかった。
そんな私をその先生は疎ましく思っていたのだろう。
何かにつけて

「そんな事をしたらすみれみたいになっちまうぞ!」
と、注意した。

そして、背が高かった私に向けて

「ウドの大木とはお前の事だ!」
といつも笑って言っていた。
たいていこんな事を言う時には、先生は笑っていたので
私は、一緒になって笑っていた。

笑いながら嫌味を言うなんて事がこの世に存在していること
を私は知らなかった。

私は生れてからそれまで、ずっとロングヘアだった。
軍隊式小学校の私の学年には、ロングへアの子供はいなかった。
制服はなく、私服での登校だったのだが私以外の友達はみんな
自前のジャージで通っていた。

私がスカートを履いて登校すると、その先生は私に
「チャラチャラと、男の目を気にしてそんな服で来るな!
髪の毛も切りなさい!!」
と言った。
当時の小3の女の子に、男の目を気にするような子がいただろうか...
意味がわからなかったので、私はそのままその通りに
母に伝えた。
母は急いで、私のジャージを買ってきて
私を美容室に連れて行った。

母に買ってもらったジャージを着て登校すると
「そんなキチガ○の着るような色のをお前のかーちゃんは買ったのか?お前の家はちょっと金持ちぶっているな!」
と言った。

そのジャージは、決して派手ではなかった。
淡いピンク色で白の線が入っていた。
赤や、黄色のジャージを着ている子の中でも私だけが特別浮いてしまう
ことは決してなかったのである。
それに金持ちぶっているという意味もよくわからない...
金持ちぶっている!はこの先生の口癖だった。

この先生は、無類の猫好きだった。
そして、猫を飼っている子供を異常に可愛がっていた。
授業中でも、猫の話をしたら止まらない...
猫を飼っている子にだけ話しかける。
家で、猫を飼えない子は話に入ってくるな!!
猫を飼ってる家は、きちんとした家だ。
猫を飼わせてくれる両親は素晴らしい人格者だ。とばかりに
猫を好きな人間がいかにもこの世で1番偉くレベルが高いかと
言う事を折に触れて、話していた。

うちでは、動物を飼うことを禁止されていた。
私はとても動物が好きなのだが、飼えなかった。

すると、この先生はみんなの前で

「すみれの家は、お父さんもお母さんも冷たい人間だから
猫が飼えない」


と言った。

ある日のHRで、朝ごはんについて話し合った事がある。

先生は、朝ごはんは和食でなければならないと言った。

今朝食べてきたメニューを1人1人、発表していく。
私の番になったので正直に

「パンを食べてきました」と言った。

私の家は、毎日パンだった訳ではなかった。
母は、料理に関してはとても尊敬できる人で
食欲のない私に、パン食を
朝からご飯を食べれるものには、きちんと毎朝
旅館の朝ごはんのようなメニューを準備する人だった。

和食派にはお味噌汁
私には、野菜スープなど
汁物も、きちんと毎朝分けて作ってくれていた。

母に関してはこのブログで、あまりいい面を話す事は
なかったが、実は私の母には尊敬すべき所が山ほどあるのだ...

話は戻るが、私のパン発言でその話し合いは
止まってしまった...

先生が執拗に、私に質問を浴びせかける。

お前のかあちゃんが、楽したいだけじゃないのか?」

「朝から、パン食べて力が出る訳がない」

「ご飯だったら、たくさんのおかずがあるが
パンだったら、パンの他に何が食べれるんだ?」


挙句の果てには...

「みんなの家には、こんな馬鹿なかーちゃんはいないだろうな?」


私は、先生の剣幕に押されてしまい
何ひとつ母の弁護が出来なかった。
ただ、1人立ち上がったままポロポロポロポロ涙を流した。
ちょっとしたことで癇癪を起こすことも珍しくなかった私だが
この時は、相手の真意が全く読めなかった。

この時の出来事は、未だに母に対して申し訳なく思っている。
あんなに完璧な栄養食を毎朝提供してくれた母が
馬鹿な母と、言われてみんなの前で晒されている。

違う!!
違う!!

私はなぜ、その一言が言えなかったのだろう。
なぜ、あの時にこそ癇癪を起こさなかったのだろう。

みんなは、家に帰ってそのことを話しただろう...

「すみれちゃんのお母さんは、楽がしたい馬鹿なお母さんなんだって」


学校で画板が必要になった時のこと。
うちの父は、仕事人間で滅多に私達と関わる事はなかったのだが
月曜日までに、画板を持っていくことを告げると
その画板を自分が作る事を宣言した。
どうして、そんな気持ちになったのかは未だに謎なのだが
父は、早速材料を買いに行き
日曜日にとても張り切って画板を完成させた。

私のその画板を見て先生が、開口一番

なんだ?これ?
と言った。

見た目も、素材も他の子の持つ画板と同じだったが
白っぽい木を使っていたので、すぐに先生の目に止まったのだ。

私は
お父さんに作ってもらいました
と言った。

お前の家は金持ちぶっているのに、画板を買うお金も
ないのか?


先生はそう言って笑った。

そしてその画板を持った先生は

重いな...こんな重いの作って、お前のお父さんも変わっているなぁ
そして、誰かが

変なの!と言った。

そしてみんながドッと笑った...

変だ~(笑)みんなで変なの~って言ってやれ!

先生が人差し指をお辞儀させながら

や~い!や~い!変なのぉ~~!!
と言った。
そして、何人かのクラスメイトもそれに続いた。

この光景は、私が大人になってからもフラッシュバッグを起こす。
フラッシュバッグを起こす出来事は、他にも色々あるのだが
これは、その中でも頻度が多い。
自分の事を罵られるのは、まだいい。
両親の愛情を踏みにじられる発言ほど、私にとって辛い事は
なかったのだ。
私はそれでも、この先生を恨む事無く嫌いになることもなく
学校へ通っていたのだが、成長するにつれ
あの時の、先生の私への仕打ちはなんだったのかと
考える瞬間がある。


それから数年後、この先生は定年退職の直前に
私の弟の担任になった。

弟は、何でも器用にこなす優等生で
何より、みんなに慕われる人気者だった。
うちでは相変わらず猫は飼えなかったのだが、弟はえらく
先生に気に入られて、弟も先生を慕っていた。

先生は、母に
「すみれと違って、弟は可愛い!同じキョウダイとは思えない!」
そう言っていたそうだ...

母は、私が先生に気に入られていなかったことを
知っていたが、私がそんな仕打ちを受けていた事も
知らずに、時に自分までが晒されていた事も知らずに
弟を可愛がってくれる先生に感謝をしていた。

そして、私にこう言った。

もうちょっと、弟みたいに調子よく生きて行くことを
覚えないと損ばかりするよ!
本当は、すみれの方が心は優しいのにねぇ...
そんなこと、今のままじゃ、誰もわかってくれないね...

今にして思えば、母は私と先生との間にあったことを
知っていたのかもしれない。
小さな集落であったから
そんな噂はすぐに母の耳に入っていたかもしれない...
母は、どんなにか傷ついただろう。
私があの時、みんなの前で

違う!!

と言っていれば、母もどれだけ救われただろう...
私は、この出来事を思い出す度に母と父に心の中で謝る。






私は父が作った重い画板を中学まで使った。
忙しい父が、私の為に手作りしてくれた
唯一の宝物でした。









正直すぎる爆弾娘

また電車ネタだ...

どうしてこうも毎週毎週

サスペンス劇場の、素人探偵のように
次から次に、事件が起こるのか...
そろそろ、電車の中では有名になってしまいそうな予感さ。

あ...あの親子よ

今日も綺麗ね...

なんてヒソヒソ言われる日も近い。

モモと私が電車に乗り込むと、とても優しそうな御婦人が
少しだけ詰めてくださり

ここどうぞ!2人で座れるわよ

と、お声を掛けてくださった。

御婦人は、とてもいい身なりをしていて
歌手の加藤登紀子にそっくりだった
生き写しだった...


可愛いわねぇ。いくつ?


いい人だ!!ちょっと...そういえば
八千草薫に似ているかもしれないぞ...
(調子がいいヤツ)
しかも、今回は間違いなくうちに
聞いているのだ!!
(意味がわからない方は紛らわしいノスタルジーを読むべし)

5歳!!(モモ)


違います!6歳です。ふぉふぉふぉ...(私)


あ~そうそう1月18日に生れました!!(モモ)


2人とも明らかに舞い上がっておる。
たまに褒められるとこれだからいかん...


そう!じゃあ、もうすぐ小学校かしら...

こんな世間話をしばらくした後に...
モモが

ガム持ってる?


と御婦人に聞いた。(ここで周囲は微妙に凍りつく)

今日は珍しく、チェルシーの代わりにガムを買ったモモ。
それを加藤登紀子さんが持っていなければ
分けてあげようと思ったのだろう。
でも、なんだか催促しているように聞こえる...


ううん...おばちゃんはね、あんまり食べないのよ
持ってないの...ごめんね。


ほれ見ろ!ごめんねって言ってるじゃないか!!
明らかに、モモが催促している形になってるじゃないか...

じゃあ...おうちにはある?

おばちゃんちには、ないなぁ...
飴ちゃんならあるけど...


そう言った後、加藤さんはバッグの中をゴソゴソしだした。

明らかに、飴か何かを探していると思われる
こういう場合私はどうしたらいいのだろう...
いいですよ!!というのはおかしい...

だって、鼻をかむ為にティッシュを探しているだけかもしれない

はたまた、マナーモードにした携帯が突然鳴っただけかもしれない

...困ったぞ...この展開...
モモは、加藤さんにガムをあげたかっただけなのに
なぜか、要求している形になっている...


こんな物しかないんだけど...食べる?

うんっ!食べる!!
ありがとうございましたっ!!


いいですよ~!
そんなつもりじゃ...何だか催促しているみたいで...
申し訳なくて...


いいの~!お友達が駄菓子屋さんやっててね...
さっきちょうど寄って来たところなの...
うちには子供はいないし、もらって~!


いい人である...(涙)
気がつかなかったが
ちょっと松坂慶子にも似ているかもしれない


(お礼に)絵描いてあげるっ!!!


モモが、リュックからメモ帳とボールペンを出して
サラサラと絵を描き始めた。




加藤さん





...........!!!






お気づきだろうか...?
口元に刻まれた2本のシワに...




私は咳き込んだ...
咳き込んだついでに、膝の上のモモを少しだけ押してしまおうか
悩んだ...
押した衝撃で、よからぬ所に線が入ってしまった事にしたかった。


しかし...
シワはしっかりシンメトリー


私のオデコは、ビチャビチャだった...
暑い...暑すぎる...
ここは真夏なのか...?

わあ~♪上手ね!可愛く描いてくれたのね。
でも、これは誰!?


加藤さんの鋭い質問である...

加藤さんの疑問はごもっともだった。
なぜなら、加藤さんは、加藤登紀子に生き写しなのだから
当然ベリーショートなのである。

モモが次の作品にとりかかっているのをいいことに
私が急いで


ああ...そっそれは...
もーちゃんだよね?

ね?もーちゃんだよね?

と言い切った!!


モモからは返事がなかったが
私は、自信たっぷりに振舞った。

モモはもう一枚同じものを描いた。
やはり、しっかりとシワが刻まれている...

しかし、これはイケる!!


この小娘は、絵を描く時に必ず口元にシワを描くクセがある。そう思われる可能性に賭けた!




わ~こっちも可愛いねぇ...こっちがおばちゃんかしらね...
こんなに可愛く描いてくれてありがとう。
家に飾っておきたいし、記念に名前を書いてくれる?



うんわかった!!


おばあちゃんお名前は?






(心の中で私が我が子に飛び蹴りをした瞬間の映像)


ううん、あなたのお名前を書いて欲しいのよ

あ!そうかっ!わかった~

モモは自分の名前を書いた。


もも え

の使い分け
なんてこたぁ出来ない。
っていうか、そもそも加藤さんにあげるものに
自分へと書くのもおかしなことである。

一旦渡した後で、モモが


忘れた...(さっき渡した)絵、貸してください。

と言った。

そして...その最後に付け足したモノで
私の手足は痺れて、動悸が襲ってきた。
もう、言い逃れは出来なかった。
もう手遅れなのであった...




加藤さん








オデコに刻まれた深いシワが波打っていた...



電車から、私達が先に降りたのだが
モモはホームからずっと加藤さんに手を振っていた。
加藤さんも、私達が見えなくなるまで手を振り続けて
くださっていた。

私が最後に見た加藤さんは、まるでメグライアン
のようだった...








また何年後かに、成長したモモと一緒に
加藤さんに会いたい...そして、もう一度心からお礼が言いたい。
たまにこんなに素敵な人間に出会えると世の中捨てたもんじゃないなぁと感じます。








いかのおすしモモ解釈

【いかのおすし】

いか…知らない人についていかない

の…他人の車にのらない

お…おおごえを出す

す…すぐ逃げる

し…何かあったらすぐしらせる  



この話を親子3人でしていた時のこと...

モモは上の5ヶ条を覚えている。
と言えば
大声を出すと即座に答える事ができる。



ふと...ちゃんと意味を理解しているのか...
という思いがよぎる。
そこで、私はモモに質問をするのでマルには正解がわかっても
しばらく黙っていて欲しいと告げた。



も~ちゃん...知らない人についていかない
ってわかる?




知らない人についていかない


まあ...この質問だったらオウム返しも仕方がない。



知らない人って誰の事?


う~んとね...あれ...
あ!そうや!ジジイのおっさんとか
おっさん!


解説)ジジイのおっさんとは、おばさんの事



もーちゃん...じゃあ人の車に乗らないは?
もーちゃんは、知らない人の車に乗る?



(爆)乗らない!!←(なぜか爆笑)
みんなドロボウだから




みんな泥棒ではないがとりあえず合格!!



大声を出す時に、モモはなんて言うの?


お父さんは部長なん?

解説不可)ヒラや!!質問に質問で返されるとこっちが
うろたえるわっ!!




モモ、これ大事よ~すぐに逃げる!!どこに逃げる?






スグニニゲル...パン工場にニゲル




即答であった...



マルは、転げまわって笑っている。



じゃあね...モモちゃん、パン工場がなかったら?
どうする?



パン工場をさがす!!


.....




しらせるはわかるかな?無理かな...

私は、わかりやすく説明する必要を感じて
紙とペンを取り出した。


それくらい知ってるわッ!!





それくらい知ってるわ!!






それくらい知ってるわ...




↑絶対知らない



とりあえず...パン工場に行けば
何とかなると思っているモモなのであった。





旦那が部長になる日は来るのか...






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