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皆様にありがとう

今年も、残すところあとわずかになりました。

4月に娘の障害がわかり、私の障害までわかり

そして、そのお陰で様々な素敵な出会いがありました。

私が悩んでいるときに、涙を流して考えてくれた方...

私の生き方まで変えてしまうような、素晴らしい助言を

くださった方...

皆様は、自分の悩みで精一杯のはず。。

体調が悪くても、自分が悩んでいても、私の為に共に悩んでくださり

私に希望をくださったこと、心からお礼を申し上げます。

それから、私の記事を見て大いに笑ってくださった方。

皆さんが笑ってくださることは、私にたくさんの力を与えてくださいま

した。

みなさんに、心からありがとう。



年末は、多忙のため更新をすることが難しい状態です。

次の更新は12/31か、元旦になります。

皆様、どうぞよいお年を...

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ああ...勘違い

すみれが小学校1年生の時のお話...

1年最後の終業式のことだった...

お父さんが警察官をやっているというS君が
(ちなみに出席番号6番)
この日を最後に転校するという。

前々から知っている子もたくさんいて、数人は親から渡された
餞別の品を学校に持参してきていた。



先生が厳かに話し始める...


来年もこのクラスのまま

2年生になるわけだが...

今日はとても残念なお知らせがあります。

この中に、別の小学校にいってしまう子がいます

お父さんが警察官をやっているので、これからも

何度も転校していくのでしょう...

頑張りなさいよ!さぁ...前に出て

みんなに挨拶をしましょうか...




先生が拍手をする。


それにつられて、皆も拍手をする。



拍手の花道を神妙な顔つきで一歩一歩前に進んでいく...


そのS君の後ろには、もう一人の人物が...

これまた神妙な顔つきで、一歩一歩教壇に向かっておった...




武士の妻



私だよ!


そう...S君の後ろから、おずおずと付いていき
私はS君の隣に並んだ。

クラスメイトは状況が飲み込めず、一斉に先生と私の顔を
何度も見ている。

S君は、隣に並んだ私を見て驚きを隠せない様子...
「え!」と小さな声で言った後、目を見開きこちらを伺う。


定年間近の担任の先生が、私に優しく声をかける。



すみれちゃんは

自分の席に戻りなさいや~


静かに首を振る私に先生が続ける。



え...と、ここは転校する子

が挨拶するところですよ。

すみれちゃんは、転校しませんよ~

自分の席に戻りなさい。




転校...します・・・



小さな声だったが、きっぱりと私は先生に伝えた。


まるで、武士の妻のような...

控えめでいて、どこか強さを感じる凛とした姿がそこにあった。






一斉にクラスの皆が騒ぎ出す...


(たいして好かれてもいなかったが)

え~!!すみれちゃんも転校するの??

いやだよう~~っ!!

どこに行くの?遠くに行っちゃうの?



みんなの驚きぶりもすごかったが...

1番驚いていたのは、先生だった。


すみれちゃん、せ...先生は

お母さんから何も聞いてませんよ...

それは、本当ですか?

嘘だったら先生は怒りますよ。嘘をついているのなら

今すぐ席にもどりなさい。




嘘ついてない...

本当に転校するって、お母さんが言ってた。



武士の妻が、声を震わせながら訴える。


私は嘘をついてはいなかった。
家の近くにあった軍隊式小学校に入学しなかった理由
以前記事にしたことがある。

軍隊式小学校は
老朽化の為に別の場所に移転することになり
工事はすでに始まっていた。
母は、校舎が新しくなったら、そこに転校しなさいよ!
といつも言っていたのだ。


そんな理由があり、私はS君と一緒に壇上で挨拶を
しなければならないと思い込んでいた。
ただ...私の父は警察官ではない...
なぜ、うちの父の職業だけ先生は隠すのだ?
という疑問はあった。


先生は、戸惑いながらも


あとで、先生がお母さんに電話で

聞いておきますね。まぁ...いいでしょう。

じゃ、S君から挨拶してね。


驚いた...S君は泣いていたのだ。

泣きながら
家で練習してきたような素晴らしい挨拶をした。



優しいおじいちゃん先生も泣いていた。


そして、これからもその強さで色んなことを乗り越えて行くんだよ!
と、S君に優しく語りかけていた。


みんなが集まって来て、S君に文房具などの餞別を渡していた。
涙ぐんでいる子もいる。
みんな口々に、また遊びに来てね。
また、絶対に遊ぼうね。と声をかける

続いて、私の番になった。
私は、語り始めた...




わたしも転校します。

軍隊式小学校に行きます。

みんなと遊べて楽しかったし、優しくしてもらって

嬉しかったです。私のことを忘れないでください。

お父さんは、○○という会社に勤めています

↑かなりこだわっている



先生が拍手をしてくれた。

みんなも一緒になり拍手をしてくれた。


1人の子が、使い古した鉛筆を持ってきて

「すみれちゃんにあげる」と渡してきた。
すると、みんんなが下敷きやら、使いかけの自由帳を次から
次へ持ってきてくれた。

ほんまはあまり欲しくなかったのだが
ありがとうとお礼を言って私は席に戻った。



いい送別会だった...
とてもいい会だった...



みんなを私は忘れない...
ありがとう。



たくさんの頂き物を手に、スキップで家に帰ると
母が玄関で待ち構えていた。








転校するって、言ったの!!?


送別会までしてもらったそうじゃないの!


なんでそんなこと言ったの!!



そして、そのまま母の車に乗せられて
1件1件、お詫びをしながら
頂き物を返して回ったのである。



ああ恥ずかしい!ああ~あんたは何で人の話をちゃんと
聞かないんだろう...
これじゃ、本当に転校した方がマシだねっ!!
恥ずかしくて、4月からみんなと2年生になれないよっ!!


ずっとブツブツ言っていた母。


ところがどっこい
私は何食わぬ顔で2年の初日には登校した。
そんなことはすっかりどうでも良かったのだ。
母と一緒にお詫びにうかがっていたお陰で、みんなも私の
転校は間違いだったと春休み中に納得したようで
私を咎める子は誰もいなかった...

ただ...本当に私が転校することになった2年の最後には
送別会は行われなかったし、おじいちゃん先生から
届く年賀状には、私が高校へ行くまで

あの事件は傑作だった。あなたは本当に面白い子供だった...


と必ず書かれていた...






モモとマルの大好きな先生へ






S先生は
モモの担任の先生で、マルの担任の先生でもありました。

2人ともS先生に持ち上がりでお世話になったので
私は、他に先生を知りません。

でも、今まで
S先生以外の先生が担任だったら良かったのにとは
思ったことがありませんでした。

マルがお世話になっていた頃は
幼稚園の出来事を全く話さず、円形脱毛症になり
幼稚園に行くことを嫌がったマルのために
毎日毎日連絡帳にマルの様子を書いて
持たせてくださいました。

マルは、いつも先生の後ろにくっついてまわり
先生に会えるから幼稚園に行くと言うほど
先生の事を信頼していました。

モモの担任になってくださった時には
こんな奇跡が起きていいのかと思いました。

本当に嬉しかったことを昨日のことのように憶えています。

あれから1年8ヶ月...
色んな事がありましたね。

特に、モモの障害がわかった4月からは
気持がすれ違うことが多かったと思います。
私は、自分の要望や相談事を
口で説明するのがとても難しくて

どうですか?と聞かれても
何かあったら教えてくださいね
と聞かれても、うまく答えることが出来ませんでした。

何をどう伝えればいいのかわからななかったのです。

私が園側ときちんとお話したのは
懇談等を除いては障害がわかった報告と
加配の件のことだけでしたね。
私は、加配の要望に行った時に
これだけは何とかしなければならないと
思っていましたので、何度も何度も家で練習して行きました。

結果は、練習の成果も出し切れず...
でも、練習の成果を出し切ったと
してもどの道無理だったのですよね。

だめだったことは仕方がない。
それに、あの時に先生方は加配は無理だが
私達を信頼して預けてくださいとおっしゃってくださった。
私は、その言葉を信じてモモを先生に預けておりましたが
とうとう、私の不信感が爆発したのが秋のことだったと思います。

私が、普段から先生にモモの事や、自分自身の事をきちんと
説明できれば良かったのですが
どうしてもそれがうまく出来なかったので
先生方も戸惑っていたのでしょう...

今では、そう理解しております。

あの1件の時に私は


障害を持っているからと言って

特別扱いをしてもらおうとは思っていません。

ただ...園で怪我をしたとか、暴力を受けたとか

そのような事は、必ず伝えて欲しい。

そして、モモの様子を時々でいいので教えて欲しい。


そう言いました。

あれから、2ヶ月以上経ちますが
先生は、毎日連絡帳にて
モモの様子を知らせてくださっています。

1度お会いした時に、毎日じゃなくてもいいんですよ~
と言ったら
いいえ...大丈夫です!と
笑っておっしゃってくださいましたね。

加配の先生がついていない状態です。
モモの他にも子供達がいます。
毎日の連絡帳を書く事は、大変な労力がいることだと思います。

モモは今、幼稚園に行くことが1番の楽しみになっております。
先生はあまり御自分の武勇伝を語らないし
(私が、こうしてみたらモモちゃんはこんな風にできました等...)
モモ自身の口から、様子を聞くことは出来ませんので
私の想像でしかないのですが
友達とのコミュニケーションや様々なルールを
先生が積極的に関わってくださり、良い方向へ
導いてくださっていることは
モモを見ていてよく伝わってきます。

忙しい合間をぬって
療育や教育相談へついてきてくださったり
先日のクリスマス会の様子...
とても素晴らしいものをみせて頂きました。




みんなと一緒に動き、歌い
セリフまできちんとこなしていました。
先生があの子にどのように指導されたのか
私は本番よりもそちらが見たいくらいです。

大変な忍耐と、愛情が必要だったことでしょう。

そして、私が何より印象に残ったのが
キャンドルサービスでした。




暗い部屋で
先生が1人1人の子供達のキャンドルに火を灯し
子供達が壇上にキャンドルを持って上がり
歌を披露してくれました。

歌が終わるとまた子供達は1人1人先生の元へ戻り
先生は1人1人の火を消して行く。

私達保護者の席からは
先生の後ろ姿しか見ることはできないのですが
先生が1人1人に心の中で

「頑張ったね」って言っているような
気がしました。

本当にこの先生は生徒に愛情を持って接しているのだろうな...
と先生の背中を見て、感じることができました。


では、私もその先生の気持に答えなくてはいけません...
けれど、やっぱり私は面と向かってお話しすると
どうしても自分の思いをうまく伝えることが出来ません。

モモのことについても、先生の質問にはなかなかすぐに
答えることができません。

そこで、先生に思い切ってこのブログを見て頂くことに決めました。

今は、親子で発達障害というケースもよくあることです。
これからも、先生は様々な親子に出会うことでしょう。
たくさんの親子の中のほんの一例の親子ではございますが
これからもよろしくお願いいたします。




いたずら電話

家族にいたずら電話をかけたことがありますか?

私がまだ学生だったとき、東京で1人暮らしをしておりました。
同じく、1人暮らしをしている友達と家を行き来しては
変なメイクをしたり、私が作った変な衣装を着ては写真を撮り
バツゲームとしてそのまま、コンビニに行くような
お馬鹿なことばかりをしておりました。

そんなお馬鹿な友人(マコロン)が、面白いおもちゃを見つけてきた。

その名もヤッホンホン

これは、カラオケ好きの私には垂涎の一品であった。

電池がなくても、エコーのかかる不思議なマイク。
確か値段は1000円くらいのものだったと思う。
マコロンが持っているのが羨ましくて羨ましくて

私は即購入...

お風呂で、トイレで、ベットで思う存分
1人カラオケを楽しんだものだ。

マコロンの家に泊まったある日のこと

起きてテレビをつけると、マラソンの中継をやっていた。
しばらくボーッと観ていた私だったが

ふと父のことを思い出した。

父は、マラソンを観るのが大好きなのである。

ねぇ、マコロン
うちのお父さんってさ~マラソン絶対に観てるんだよ~
マラソンにはドラマがあるんだってさ~
今頃観て、泣いてるんじゃないかな...



マコロンが言った


ふーん。電話してみたら?
電話使っていいよ~会いたくなったぁ??



いや...会いたい訳ではない...

でも無性に電話をしたい衝動にかられた私。


実家の電話番号を押しながら
なぜかイタズラ心がムズムズと
湧き上がってきて、ヤッホンホンを持った。


はい○○です。

母だった。

私はヤッホンホンに向かい、いきなり


マラソン観て

ますか~~~~~~~~~~~????
(↑かなりのエコーがかかっている)

と聞いてみた。

すると...母は



は..はい。観て..おりますが...


と、なんだか歯切れが悪い(当たり前だ!)


私は続ける。


家族の皆さんで、マラソン観てますか~~~??


すると、母は

はぁ...はい...??

少々お待ちくださいませ



と言い、近くにいる父に


お父さん...何だかね

お風呂で話してるみたいな人がね...

マラソン観てますかって...?



父が、代わる。


あ~もしもし?


私は、そのまま続ける...


あ!お父さんでいらっしゃいますか?

マラソン観てるんですか~~~???



父は、私の声に気がつくか
いたずら電話だと怒り出すと思っていた。

しかし、予想に反し


はい...観てますよ~

と父はフレンドリーに答えた。

その時すでに
マコロンはスピーカーにてこの会話を聞いており
声を出さずに転がり回って笑っていた。


私も吹き出しそうになるのを必死でこらえながら続ける



いつも観てるんですか?


父は


そうです~

うちは、たいていやってたら観てますねぇ



何だかようわからんが、私ももう限界だった...
こらえきれない..声が震える




ぐふっ...

ではでは...どうぞ、マラソンをお楽しみください



父が...


あのう...なぜ?声にエコーがかかってるんですか?

もしかして...テレビ!?ですか??

マラソンを観ている家族をお探しですか?



かなりテンションが上がっている様子...

マラソンの視聴者代表はこの俺をさしおいて
他にはいないぞ!
とも言いたい奮囲気さえ感じる。

マコロンは、すでに痙攣を起こしている。
その様子を見て、とうとうこらえ切れなくなった私は...


ブハッッッ!(泣笑)

あたしだよ!お父さん!


ねえ、何言ってるの~???





しばらく、呆然と無言の父だったが


なんだよ~!何いたずら電話かけてきてんだよっっ!!

と、御立腹。

母に

お前の馬鹿な娘からだ!
電話をかわる。

母が

すみれだったの~!

なんだかおかしな電話だな~って思ってたんだけど

あんただったの~!



その後ろでは、けたたましい笑い声が...


いや~っすっかり騙された~

なんだ?あの声なんだ~?

うひゃひゃひゃひゃっ!!
あいつは風呂から電話してんのか?
あいつは、ほんまに馬鹿だ。
いくつになっても馬鹿だ!



その後父は、私に会うたびにこの話をしては
お前は馬鹿だ!と言っては、罵っておったが


ある日曜日...うちに電話をかけてきて


俺、今マラソン観てるんだけど・・・

と言ってきたことがあった。

私は忙しかったし
そんなことはすっかり頭になかったので



あ...そうなん!好きだねぇ~!

と軽く受け流してしまった。


今、思えばあれは...アピールだったのだ。

父は、マラソン中継を観るたびに
電話が鳴るのを未だに待っているのかもしれない。




謎のミスターⅩ

最近まで入院していた父。

うちの故郷の家族は、全員が役者である。
故郷遠く生活している私に多くを語らない。
今回の父の入院も私には報せてこなかった。
妹が、口を滑らせたのは1ヶ月ほど入院していた父が退院する
数日前のことだった。

母に電話をしてもまったくその素振りをみせない。
私は、何度目かの電話で

「お父さんに話があるんだけど」
と、言ってみた。

母は

「お父さんもう寝ちゃったの」

夕方の6時である。。。


それ以上、母に食い下がっても母を苦しめてしまう。




私は父似。

AS疑惑の母に似ていると思っていた方も多いだろうが
私と父は、あまりにも似すぎているのだ。
父は、お笑い好きで子供みたいな人だった。

過去形なのは、発症してからというもの
父は人が変わったように元気がなくなってしまったから...

東京で1人暮らしをしていた私の留守電に

「七曲所の者だが...こんな遅くまで出歩いていとは何事だ~」

やら


「ミスターⅩだ...わたしだ」

やら


とにかくウザイ言葉をよく残していた。

私の友達の前では

パンツ一丁でカンフーを見せるし

オセロで負けそうになると

ぐちゃぐちゃにしてもう1回~~!!

と言ってくる。

ドラマや映画を観て泣くのは、私と父だけで

父は、私が引くくらいの号泣だった...


桂小金治の「それは秘密です」だったか?
離れ離れになった家族が再会する番組と

「一杯のかけそば」が愛読書だった

そんな父が、闇に退院してきたようだ...

妹からは、聞いていたが
元気になった父を
うかがい知ることができる物が先日届いた。

久々に、父らしいことをしてくれた。
うちに届いた林檎1箱。



送り主は

ミスターⅩ



品名には

とっても美味しいりんごはいかが?



品名が、疑問系である...前代未聞だ..

しかもメッセージも兼ねている。



普通に自分の住所を書いているのに
なぜか、ミスターⅩである。

この荷物を問い合わせしたら、どうなるんだろう?


「送り主様のお名前は?」

「いや~..あの..ミスターⅩです...」



と答えるのだろうか...

....多分あの人なら、答えるだろう。


やはり、父は最高に面白い。

私の永遠の師匠である。









すみれの袋詰め

すみれが小学4年生の時のお話。

うちの前には大きな農家があった。
そこのMちゃんは(←もちろん軍隊の一員)
私と同級生で、とてもおとなしい子だった。
滅多にお友達と遊ばせてもらうことが出来なかった私が
唯一何度か遊んだ子だった。

母屋の裏には竹やぶの他に、ちょっとした木々が生い茂り
樹齢100年は軽く超えているだろう
その高い高い木を見上げると
重なり合った枝と枝の間から
木漏れ日がキラキラと輝いている。
私にはそれが、魔法みたいに思えたものだ。
魔法のステッキを一振りした時に出るあのキラキラは
きっとこの木の上のキラキラと一緒だ~

Mちゃんと一緒にその小さな林の中で寝転んで
なーんにも話さずにいつまでも眺めていたのを
昨日のことのように憶えている。

Mちゃんは、そんな事を楽しいと感じていたのかはわからない。
とてもとてもおとなしい子で
自分の意見は1度も言ったことがなかったから。

いつものように、2人で林で寝転んでいたときのこと。

ポツポツと雨が降ってきた。

ポツポツだったはずの雨は、みるみるうちに土砂降りになり
私達は急いで母屋に避難した。

土間に座り、雨が止むのをしばらく待っていたが
雨脚は強くなる一方で、私が帰宅する時間も迫っていた。
車で送ってもらう距離でもないし
私は走って帰ることを告げ外に飛び出した。

すると...Mちゃんのパワフルおばあちゃんが



こら~!すみれ~

そんな雨の中、帰ったら風邪ひくべが~!!



と、私を家の中へ押し戻す。

傘を貸してくれるという申し出は
受けることが出来なかった。

傘は人数分しかなかったし
私がそれを借りることによって
迷惑をかけるような気がしていた。


何度も、走って帰るから大丈夫!
と言う私をその家族は引き止めて

にわか”とんち大会”が開催された。

いかにして、傘ナシですみれを無事に家に帰せるか...

口火を切ったのは、パワフルばあちゃんだった。



すみれ~!ホレ

これ被って帰れ~~これなら、濡れねえべ。



出してきたのは、厚手のビニール袋...

いやあ..ばあちゃんありがとう。

これでアタシも助かったよ..



って...それ



肥やし袋じゃんっ!!


Mちゃんの母は、それを受け取り水道で洗い始めた。
嫁と姑...華麗なる連携プレーである。


一方、Mちゃんの父は100メートル程の距離の
私の家まで車で送る!という提案を譲らず
軽トラのキーを半切れで探し始めた。
(鍵がなくて半切れ!)

Mちゃんの兄は、相合傘をして帰ればいいと言った。
もちろん、思春期の兄は遠慮して
M子が送ればいいことだ!と主張...

ちょっと肥満気味の弟は、お菓子を抱えながら
すみれちゃん、雨が止むまで雨宿りして帰ったらいいべ~と、私にお菓子を差し出す。

かなり、耳の遠いおじいちゃんは
事態を飲み込むのに時間がかかり



雨が降ってきたっぺ~
と、みんなに知らせていた。


肝心のMちゃんは、ずっとニコニコ..
でも心配そうに黙っていた。



パワフルばあちゃんが肥やし袋を片手に戻ってきた。

そして有無を言わさず

私の頭にそれを被せてしまったのだ。


前が見えない~っ!


ばあちゃんが言った。


穴は開けてっぺ~


そう...確かに開いていた。

目が2つに、鼻が1つ。

御丁寧に、口の部分まで開いていた...



でも...哀しいことに

誠に残念なことに...

それは、私のパーツには合わなかったのだ。




袋の中で顔をどんなに歪ませても

ばあちゃんの指定した場所に

パーツを出すことは出来なかった...


でもせっかくだし、もう時間も過ぎているし
そのまま帰ろうとした私...


Mちゃんの母が

あ!すみれちゃんっ!ちょっと待って~~

バタバタと走り私の方へ駆け寄って来た。


言われるがままに、そのまま待っていると
何やら、袋を切り始めた。



ん!?視界がハッキリ...したぞ...!?


すみれの袋詰め




初めは、私に遠慮して目をそらした御家族だったが...
弟がたまらず


へ..へん!変なの~~~~!!



ぎゃはははははは~っ!

笑ったらだめだっぺ~!

すみれが可哀相だっぺ~!


Mちゃん母はハサミを持ったまま、周囲をとりなすが
その目には涙が光っていた。
(もち、笑い泣き!)


おじいちゃんは
声にならないくらいの勢いでのたうちまわっていたし
半切れだった父さんまで...

こっち~見るなぁ~!

と言いながらうずくまっていた。

1番笑っていたのは、ばあちゃんだったが
そのばあちゃんの後ろで
Mちゃんが顔を隠して震えていた。


爆笑と、大歓声に送られて

私はその姿のまま、家路に着いた。


Mちゃんちの敷地内を出て
角を曲がったところで、私の母が傘を2本持ち
果物を抱えて走ってきた。


母は、Mちゃんちに持っていくつもりであっただろう
果物を落とす勢いで、前のめりになり
笑い転げた。

そしてあろうことか...

せっかくだから
そのままでおったらいいわ~♪


と言った。

かくして、私は果物を置きにまたMちゃんの家に
そのまま登場することになったのである...

あとは御想像にお任せします。

みんなの声は枯れ果てていたことだけお伝えしよう...

もちろん、うちの母の声もね。





強がりなお嬢さん

あれは、私がとても若かった頃。

仕事を終えた私は、とても急いでいた。
遅番の時は、何人かで一緒に帰るのだが、その日の私は早番。
1人でお先に帰るのだ。

ちょっとその日は朝から浮かれていた。

7時に待ち合わせ。
デートだったのである。

時間がなかった。

身支度は、待ち合わせ場所近くの有料トイレと
いつも決めていた。
だから、私はとりあえずスーツにだけ着替えて
電車に飛び乗った。

私は頭の中で忘れ物がないか確認した。

化粧品...
うん。大丈夫..

お財布...
うん。お昼にはあった。
もう一度バッグを開けて確認。
よし、大丈夫...

ふと...顔を上げると

周囲の妙な視線が気になった。

見て見ぬフリをしていながら、目の端でこちらを見ている様子の人

さっきまで寝ていた人は、顔を上げた瞬間私を見て
急いで目をそらし、もう一度私を見ている。

明らかに笑ってこっちを見ているカップルもいる。

何かがおかしいとわかっていながら、こういう時の私は
100%、自分がおかしいことに気がついていない。
バッグから、本を取り出し読書をした。

あ~なんだか少し眠くなってきちゃったな...
本を片手に居眠りを始めた。

目的の駅近くになり、私はハッと目を覚ました。

良かった...まだ着いてない..

目を覚ました時には、外はすっかり暗くなっていた。
暗くなっていた...暗くなっていた...
外を見ていた私は、窓ガラスに映る自分を見てしまった。




ナースキャップかぶったまんま~



どっひゃ~~!!



これは、マズイ...
今日はかぶりものの服じゃなかった。
それが仇になったのだ。

(そうじゃなくても普通は気付くものだが)

窓ガラスをもう一度見ると

スーツにナースキャップ姿の私は

7人がけの座席のど真ん中に堂々と座っていた。

そう。あまりにも堂々としていた。

今更外せる訳がない...(また始まった)



外すくらいなら
このまま待ち合わせ場所に行ったほうがマシだ。


ここで外したら

「あの人、気がついたのね」

「うわ~あのまま読書して、居眠りしていたのに今更ねえ...」



あかんあかん。
私の頭の中では妄想がまたしても暴走中。
周りの乗客がみんなこっちを見て、笑っているに決まってる。
私が、帽子に手を持って行こうものなら
この車両は失笑の嵐であろう。容易に想像できる。

私は、目が合った前の乗客を睨み

「何か?」
「何か私に御用かしら?」くらいの高飛車な態度をとった。

そして目的地に着くと、そのままの格好でトイレまで歩く。
(一緒の車両に乗っていた人がどこで見てるかわからない)

改札をそのまま通り
ナースキャップをかぶったスーツ姿の女が、カツカツと
ヒールを鳴らしトイレに堂々と入場。
トイレにたどり着いた途端...
緊張が緩んで、笑いがこみ上げてきた。

笑いながらナースキャップを外す女


これは、とても凝視できない光景である。










強がりなワタクシ

私はとある飲食店でパートをしている。

パートが終わるや否や私はいつも急いで帰る。
モモのお迎えの時間が迫っているからだ。

その日は特に急いでいた。
モモが帰ってくる前に絶対に買物をすませたかった。

いつもはエプロンを取ってから帰るのに
その日は長めの上着を着ていることもあり
エプロンはそのままで帰ることにした。

だって、急いでいるんだもん。

スーパーに滑り込み、買い物カゴをひったくるように
取った私は戦闘態勢に入った。


あと10分!!

10分の間に買物を済ませ
家に戻り、着替えて
モモのお迎えに行くのだ。

グズグズしている暇なんてない~っ!!

私は、血眼になりながら目的のモノをカゴにガンガン入れていく。
そして、最後に行き着いた野菜売り場で

突然あるものが目に入った...

いや、ある人が...





アタシやん...


そう。野菜売り場にある鏡に私が映っていた。

なんて美しい~
なんて可憐な~

そうなの...自分に見とれてしまったの。って...





アホか~!!




帽子や!帽子かぶったままや!!




飲食店の帽子には
前髪も後ろ髪も一本残らず入れ込まなくてはならない。

まるで...水泳帽なのだ。


私は、その恥ずかしい水泳帽子をかぶりながら
黒のトレンチコートを着ていた。

怪しい...

しかも、鼻息荒く猛スピードで買物をしている。

怪しい...



山伏に出会った新聞屋のように、一瞬目を見開き
明らかに狼狽してしまったが...
ソレを周囲に悟られては、ならぬ。

今更、帽子を取ったら

「ふふっ..あの人やっと気が付いたみたいね!」

「きっと恥ずかしいんだろうね」

「あ~やっぱり間違えてたのね」



って思われるのがオチである。


そんなのは絶対にいや~!!



違うのよ!これは、わざとやってるの。
全然恥ずかしくないの~
見たらわかるでしょう?

ほら、私ったらこんなに堂々としてるのよ~

今まであんなに急いでいたくせに

急にゆっくりペースで買物をする私...

急いでいたら、早くここから立ち去りたいって思われる。
そうそう...落ち着いて、ゆっくりよ。

頑張れ!すみれ。

私は、何も悪い事なんかしてやしないのよ。
葱を入れて、たまねぎを入れて...

ほ~ら、終わった。
あとはレジを済ませて...

私はゆっくりと車に乗り時計を見た!!


ああ!もう時間過ぎてる~~


焦った私は、車を近くに止めて
買物袋を持ったままモモのお迎え場所まで全力で走った。
子供達はもうすでに帰ってきている。


公園にいるママ友達が一斉にこちらを見ては
大声で笑っている。

その時にはすでに、帽子の事を忘れて(←バカ)
遅刻をしたから笑われていると思い込んでいるおめでたい私。



ごめんね~遅くなっちゃって~~!!


すみれさん~!それお仕事の?

皆が手を叩いて笑っている。




あ!!!



1人がこう言った...

もしかして、そのセレブなコートにその帽子で買物してきたん??


う..うん...。


きゃははははは~

その格好ならまだ、制服のままウロウロしてる方が
マシやろ~?

あ...どこかの制服なんやってわかるやん。
見かけた人も納得できるやん。

なんで、またそんなコート着てんねん~っ!

そうだよね~。ほんまに可笑しいよね~
間違えちゃった~アハハッ♪

一緒に笑いながら...遠い記憶が蘇る...


そういえば...そういえば...


いつまでも笑っている彼女達にさよならを言って
吹き出しながら、モモと家路に着いた。

次回をお楽しみに~~♪






モモの魔法の手

モモは料理の名人である。

1人で、カレーやきゅうりの酢の物を作れる幼稚園児も珍しい。


しかもソレが


とびっきり美味しい
のだから、親馬鹿にもなってしまう...

餃子も上手に包むことが出来る。



餃子を作った日のことだった


私と、マルと、モモで出来上がったタネを皮に包む作業を
していた。


皿の上で、まるで折り紙を折るようにモモは1つ1つ
丁寧に包んでいた。

10個も包んでいくうちに
それはそれは綺麗に包めるようになっていた。

自分の包んだものは別にしておいて、食べる~!と
マルが言ったので餃子は3つのお皿に分けておいた。

それぞれ包み方が異なるので、分ける意味はなかったと思うのだが
とりあえず...マルの作ったモノから焼くことにした。


おいし~い!!

あ~美味しい!ほんまにうちの餃子は美味しいね~と
自画自賛の馬鹿家族の夕食...



次にモモが包んだ餃子を焼いてみた


・・・・・・・!!!・・・・・・・・・



衝撃






びっくり




カール






うま~いっ!!!





この違いは...何なのだ!?
今回の餃子は、全て私が作ったもの。
モモはただ、餃子を包んだだけである。

中身は一緒のはずなのに...明らかにモモが作ったものが美味しい



そして最後に私の包んだものを食べた...


旦那がこう言った...


さっきのとは...比べ物にならん

イマイチ...



確かに、その通りだった。
モモが作ったものとは明らかに違う。

私の作ったものは、マルと同じ味だった。


モモの手...不思議である。








まるぴーまん




ももぴーまん




写真下が、モモが幼稚園の時に切ったピーマン。
ちなみに上がマルの切ったもの。こちらは小学2年生


友達の子が障害を持っていたら

先日、私の職場の先輩から深夜にメールが入った。

今から記事をアップするので見て欲しい。とのことだった

私の職場には、モモと同い年で全く同じ障害名を持ったお子さんを
持つ方がいる(仮にAさんとします)
私が働き始めてすぐに
先程記事をアップしたという先輩(Bさん)が
色々情報交換も出来るやろしメルアドでも交換したら?

と勧めてくれて、私はAさんと何度かメールのやりとりをした。
同い年で、同じ障害を持つ子の母親と
リアルで出会うのは初めてだった。
だから、お互いとても心強く感じたし、職場で会っても
ほんの2、3分しか話すことができないが
近況を報せ合い、私はよくその方に励まして頂いている。


さて、B先輩の記事...
事情によりリンクを貼る事は出来ないが
こんな内容だった。

夜の9時近くにAさんから電話があったという。
車を走らせてAさん宅に着くと、いつも明るく泣いたことのない
Aさんが、泣きはらした顔だったそうだ。

話をはじめてすぐに泣き出したAさんをBさんは
[いつも頑張りすぎているんだから、泣き泣き]といい
話を聞いたそうだ。
きっとたくさんの事を受け止めてきたのであろう。

Aさんに何があったのかは、記事には書かれていないし
私も知る気はない。
ただただ
Aさんの心中を思うと胸が締め付けられる思いである。

そしてB先輩は
外見からわからない自閉症の世間での認知度の低さ。
そして、弱者が生きにくい現実に理不尽さを感じる。
何もできない自分にも腹が立つとまとめていた。


この記事を見た時に
私は数年前の自分とBさんが重なった。

友達の子に障がいがある。

これは、その友達と近い関係であればあるほど
自分の無力さに、気がついてしまう瞬間が何度も訪れる。

私は、先輩に対しこうコメントした。


同じ障害の娘を持つ親としてコメントさせて
いただきます。
世間の理解を求めるのは難しいと思っています。

でも、そうやって心から気にかけて
理解をしてくれる人がいるってことは
すごく力になります。

私の娘が、自閉症と診断される4年程前に
私の親友の子が 自閉症と診断されました。
その時の私の立場は今のBさんの立場でした。

私は親友の為に何が出来る?
たくさん知識を詰め込み理解しようと努力しました。
そして、結局は何も出来ない自分に腹が立ちました。

でも、今度は当事者になりました。

すると...
何もしてくれなくていいってことに気がつきました。
ただ、話を聞いてくれて
傍にいてくれればそれで 十分なんです。

どうしようもなく悲しくなり
自分で感情をコントロール 出来なくなることもあります。
でも、そんな時にかけつけてくれる友達って
なかなかいませんよ。

それだけで、彼女は救われています。
間違いないですよ。

障害がわかってから、辛いこともたくさんありましたが
健常児からは絶対に貰えないだろう
たくさんのプレゼントを もらいました。

これはね、多分彼女も感じていると思います。
周囲の理解のなさ、冷たさに打ちのめされているからこそ
ちょっとした配慮にも、感謝の気持でいっぱいになります。

求めるだけではなく
私たちも努力が必要だと思っています 。

うつむいていたり
障害を理由に色んな事から逃げたら
いけないと思っています。

そうしなければ、真の理解を得るのは難しいですから。

************************************


人それぞれ、様々な考え方や受け止め方があるだろう。
当事者もそれぞれ違う人間なのだし、周囲に求めることも
人それぞれだと思う。

でも私の場合はそれがいい。
それが1番救われるのである。

「私に何ができる?何かしてあげれることないかしら?」

「もっと周囲に理解を求めてみてはどう?
園の保護者に理解を求める文書でも配布して...」

「みんなに言えばみんながモモちゃんを助けてくれるのに」


こういうアドバイスをしてくれる方もいる。

どちらかと言えば
私は我が子に障害があるとわかるまでは
こっちのタイプだったような気がする。

常に、友人の胸中を思い、常に自分には何ができるか?
彼女を少しでも救いたいと思っていた。

でもそれは
私となっちゃんの関係性においては間違っていた。

彼女は、そのことについて何も言わないし
私に感謝の気持ちさえ言ってくれていたが、今ならわかる。
なっちゃんも、今の私と同じように思っていたに違いない。
彼女は、昔から今に至るまで愚痴や弱音を決して吐くことがない。

だから、話を聞いてもらいたいというよりは
ただ傍にいて欲しい。
私の馬鹿な話を聞いては、笑って楽しい時間を過ごしたい。
それを私に1番求めているのだろうと、今は理解している。

もちろん、理解したいという気持ちはあたりまえの感情だし
ある程度の知識は必要だと思う。
でも、友人とは知識や情報を得るためにいるものではない。
と私は思う。

同じ障害を持っている者同志でなきゃ、わかりあえない?

もちろん、わかりあえる部分はたくさんある。
共感して、それに慰められることも少なくない。

でも、だからその人と親友になれるのか?

そこからは、また別の話で
そこからは人間と人間のお付き合いなのだ。

障害者の親同志でも、合う人もいれば合わない人もいる。

障害を持っていることが
どれだけ苦しいのかはかりしれないから
つまらない愚痴を相談するのは申し訳ないと
思ってしまったり
様々な遠慮が出てくることもあるかもしれない。

でも私は
障がい当事者であろうが、その家族であろうが
障害とは無関係の方であろうが、大切なのは
相手を心から思っていることだと思う。

私とモモを優しく見守ってくれている方

やたらとたくさんの
アドバイスや意見をお土産にやって来てくれる方

時には、きつい事言って私達親子を責め立てる。
それでもいざという時に、手を貸してくれた方

形は違えど
私達親子はこんな周囲の方に支えられて生きている。

この方達すべてにありがとう。

そして、先輩Bさんのように友達の為に何もできない事を
苦しく思っている方達の優しさに、心からありがとう。

何も出来ないと自分を責めていらっしゃる方がいたら
こう思って欲しい。

あなたがそう思ってくれていることが、すでに
私達にとって素晴らしい贈り物であるということ。

理解しようと思ってくださる方が1人でも増えて行くことが
住みやすい世の中を作り上げていくのだから。









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