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もう二度と




帰られるお客様に”ありがとうございます。”と
頭を下げた瞬間 前日に観たクレーム処理関連の番組中に

"もう二度とこのようなことがないように..."
と深々と頭を下げる某店の責任者の姿がパパーッと再生されてしまい
"もう二度と..."と言ってしまった。
途中で、間違いに気がついて言葉を切ってしまったために

”ありがとうございます””もう二度と..."

それならば、”もう二度とこのようなことがないように”
と言い切ってしまった方がまだ良かった。
また、それが帰り際だったために ”もう二度と来ないでください”と
言ったように聞こえるではないか。

たまたま、”もう二度と”の部分は 素になっていたために
非常に小さな声だった。
お客様の距離を考えても聞こえているはずもなく
ホッとしたが、気を引き締めていないと
時折そんな風に浮かぶ記憶に引きずられてしまう事に初めて恐怖を感じた。

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テーマ : 発達障害
ジャンル : 福祉・ボランティア

自分にもちゃんと血が流れてる






優しさ とは 一歩間違えると

お節介だったり、上から目線だったり、単なる押しつけだったり
言葉や、タイミングを誤ると 全く違う印象になってしまう危険性をはらんでいることを
私は知っている。
私は、その誤解を避けたいがために
人に声をかけることを憚るのだと思う。

しかし、逆に その危険性を知っているだけに
経験しているだけに

人の”優しさ”を ”優しさ” として素直に受け止めることが出来る...


のかもしれないと...(自分をほめるような事を馬鹿みたいだけど...)




それは、ただのお節介だよ!
それは、馬鹿にされてるだけだよ!

と、周囲に言われることがあったとしても
私は、その意見には流されないし 自分で感じた印象を信じてきたっけ。
ああ...
何だかうまく言えないけれど、こんなにこんなに ずっとずーーーっと

人の気持ちがわからない とか
冷たい人間だ、平気で人を切り捨てる とか
言われて来たけれど

人の優しさを感じることが出来る自分がいてくれて良かった。

本当に、本当に良かった。






前回からの続きのような記事でした。
これで終るかもしれないし、まだ続くかも。



私の狂った怒りのツボ

まず、旦那に狂っていると言われた瞬間の 私の怒りはこれだった....



あるお菓子のCMで、子供のタレントさんが歌っているのだが

その音程が、非常に不快で 調子の悪い時には吐きそうになる。

タレントさんは、屈託がなく可愛いのだけれど、音程だけが

どうしても、どうしても不快なのである。

それに加え あの曲を聴くと半日は

脳内にリフレインしてしまうのだから、困ったものだ。




それでも、誰にも罪はないのだ....

私が、我慢していれば済むことなので、黙っていた。


CMに出演している子供も、それを観ているうちの家族も
いちいち、私が不快だからと言って
気にする必要は無い。




自分の身は、自分で守るべし!




私は、お菓子会社のHPにアクセスし
CMが流れる予定の番組をチェックした。
危ないのは、木曜日.... 私が観る可能性のある番組は一つだけ。
あとは、火曜のニュースの時間にお風呂にでも入れば問題ない。


しかし、しかしだ!!



そのCM曲が、予定外のところで流れるのは なんで!?



じっくり番組を観ていないからわからないのだが
(すぐに、その場から逃げるので)
バラエティー番組に本人が出るなどしてで話題になっているのか
それとも私がチェックし忘れた番組が存在するのか

こんなに、あのCMを避けるために対策を練っているのに
遭遇してしまうのは、ナゼ~!!?




納得が行かないわたしは、そこで 怒りをあらわにした。
どこにもぶつけようのない怒り。

わかっているさ。 でも、そんな時に話しかけられたら
不機嫌な答えしか返せないし

なんで、そんなに不機嫌なんだ? なんて
なじられた日には


うるせ~よ! ばぁぁぁぁか!!!


....とは、言わないけれどね、さすがにそれくらいの気持ち。



この例に漏れず私の、怒りの 要素は 音に関するものが多いと思う。



テレビの音が大きいと、とにかくイライラは頂点に達するし

(テレビの種類によってボリュームの調節は違うだろうが
私のちょうどいい大きさは、前のアナログテレビも、今のテレビも”6”
これが小さすぎるのは、承知しているので
家族には”15”くらいまででお願いできないかと言ってはいる。
それ以上になる時には、自衛手段を施すしかない。


工事の音や、旦那が鳴らしているアラームの音とか
家の電話の音は、ついオフにしてしまうので鳴っても気がつかず
そのことで、旦那に怒られることも度々...


つい、2、3年前までは すべての人間が私と同じように
音を不快に思うのだと思っており
私だけ、そんな我儘を言ってはいけないと思っていた。
んでも、 
これが 音声過敏って奴なんだとわかった今でもそう思っているのは同じかな...


だって、私1人の為に、周囲が合わせるのはやっぱりおかしいと思うし
自衛できることなら、自衛すれば済むことだし
生きていくうえで、やむを得ないことだからなぁ...

せめて、家族ぐらいは 理解して合わせて欲しいとも思うときもあるけれど
旦那は、どうしても理解するつもりはなさそうだし
そのことについて話し合うことにより、きっとお互いが
想像以上に傷つき、 私は、夫婦関係を自ら終わらせてしまうだろうと
確信しているので、きっとこの先もずっと 私は話すことはないだろう。


【誤解をさけるために、一応... 
うちの旦那は、私がアスペルガー症候群であることは
知っています。 音声過敏についても、知ってはいます。 が
大袈裟だとか、自分勝手だとか その他の症状についても
そのような捉え方しか出来ない方なので、モモの話を含め発達障害関連の話は
彼とは、一切しないようにしています。
モモの障害も、彼は 何となく治るものだと思っているようです。】



そんな訳で、 彼の


お前の怒りのツボは狂っている!! の今回のツボは


私の、音に対する不快表明だったのである。





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  せっかく拍手をしてくださった方、表示されなくて申し訳ないですが
  こちらの管理画面では、確認できますのでご安心ください。
  尚、 拍手コメントも 拝見しています。




テーマ : 発達障害
ジャンル : 福祉・ボランティア

がむしゃらに怒りを抑える

一応前回からの続き。


さて、今のわたしは.....


もちろん基本は怒りんぼう。三つ子の魂はやはり百まで。
でも、それを抑えるコツを私はいくつか学習した。
これが、恐らくズレにズレていると自覚しているが
何しろ極端にしか動けないもので、違う方法は難しい。


1. 人を見ない。

人を見ると、表情が目に入る。ちょっとした表情の変化が気になるし
それが、気に入らないと怒りの原因になる。
というのが一つ。
もう一つは、人の行動や言動を見ていると、突っ込みたくなるし
特に、子供に関しては やれ汚れるだとか、やれちゃんとやれだとか
いちいち指摘することが嫌なので、余程のことがない限りは
見ないようにしている。
ネットの世界でも同じで、私が他サイトにお邪魔しないのもこのような理由もある。
ちなみに、よそのサイトのコメント欄は一切見ないので
自分の入れたコメントが、ものすごく浮いていることもあるらしい。
私の真上の方がコメントした内容と全く反対のコメントをして
結果的に真上の方の否定をしてしまうようなこともあったらしい。
申し訳ない...





2. 人を頼らない、信用しない、期待しない。

期待をしてしまうと、外れたときにがっかりしてしまい、それが怒りに変わるかもしれない
人間は、たいていのことは 自分ひとりで処理できるものだし
なるべく、誰かに迷惑をかけずに生きていくことは可能だと
うちの旦那との生活で身をもって感じている。
極論だがうちは、もともと母子家庭だと思っていれば、旦那に期待することもないし
頼ることも無いのだ。

「どうして自分のことしか考えることが出来ないの?

もっと家のことや、子育てに協力してよ」



なんて愚問は、口にしなくて済む。
すべて、私がやったらいい。
だって、旦那はいないのだから。
誰かがやってくれると思ったら大間違いだ。



仕事でも、友達との付き合いもそう。

私は、相手に絶対に


普通はこうするのに....

常識ではこうなのに、どうしてしないのできないの?
も求めない。


だから、誰かに


普通はこうだよね? と言われると答えられなくて困ってしまう。


普通はこうだよね?という普通は、単なる自分の価値観にすぎない。

これも、相手に期待を寄せず 相手の良い部分を常に尊重していれば

誰かが、自分の価値観から外れた行動をしたとしても
それほどの怒りの原因にはならない。




3. 人を好きになる


これは、2と矛盾するかもしれないけれど 私が一番大事にしていること。

初対面で、たいていの人間を嫌な奴だと思ってきた私が
10年ほど前から、全く真逆の トレーニングを始めた。

まず、目の前にいる人を大好きだと思えるように心がける。
嫌な感覚は出来るだけ排除。
幸い、いつの間にか 様々な感覚のシャットダウン機能が備わってきているので
耳から、目から、鼻からの嫌な刺激は 手遅れになる手前で
シャットダウン可能になっている。

そこから、その人の長所を些細なことから どんどん思い浮かべる。

眉毛が素敵! みたいなバッカみたいなことでも、なんでもいい。
いくつも、いくつも、イメージしているうちに
その人のあらかたのイメージは出来上がる。

基本的に、人が好きな私は、昔から一度好きになった人間は
どんどん好きになれる。短所も、何もかもがその人の持ち味として
受け入れることが出来るようになる。

そうなったら、こっちのものなので 人間に対し
腹をたてることは、劇的に少なくなる。




正直、極端だし、こうして書き出してみるととても寂しい人間のようにも思える。
しかし、”今の私”には まだ この方法しかないのだ。
今は、大きく分けて人生の第二ステージで 

とにかく怒りを・・・・がむしゃらに怒りを抑える方法を

実験中とも言うべきか。


第三ステージでは、これらを踏まえて もっと柔軟になっていればいいけれど....
 


 



では、私の怒りの対象は、どこにあるのだ? 




つづく



追伸

コメントのお返事、少々お待ちくださいませ。

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ジャンル : 福祉・ボランティア

お前の怒りのツボは狂っている!!

旦那に言われた。


お前の怒りのツボは、狂っている!! と。



おかしいのでも、変わっているのでもなく

彼は、狂っていると表現した。




私は、自分がいかにおかしな人間かは承知している。
だからこそ、人に指摘されたことは有難く受け入れ治すようにしてきたし
的外れかもしれないが、自己分析、反省は欠かさない。

まず

自分の感じたこと、意見は間違っているかもしれない。 と
最初に思う癖もいつの間にかついているし、何よりそんな自分に全く自信がないから
この10年...ほとんど自己主張もしたことがない。
自分に意見がないから何かを聞かれても答えることが出来ないし
誰の意見を聞いても たいがい

ふーん。一理あるねえ.... と、納得してしまう。


多分、私は 自分を持っていない。

それは、自分を守るために、自分を捨てた。


とも言える。



自分を持っていた頃の私は、喜怒哀楽の塊だった。
いずれの感情も、激しすぎて 気の休まる暇がなかった。
自分の気に入る人間は、ほとんどいなかったし
いつも自分が、一番だった。
人に相当嫌われたが、好かれ方も相当だった。
いつも私の周囲には、人が集まってきていたが
その一方で、トラブルは絶えなかった。
その頃の、周囲の人々の私への評価を 文集や手紙などで確認すると


頭の回転が速い

面白い

目立ちすぎ



などのキーワードが並ぶ。


今の私を知っている人には、にわかに信じられないかもしれないが
私は、自信家で、目立ちたがり屋で、いつもリーダーじゃないと嫌だった。

20代からの私は、自信が無さ過ぎて、人に見られたくなくて
誰かが、何かを決めてくれてそれに従うのが一番楽だと思う人間に変わってしまった。
脳もほとんど使わないので、いつもボーっとするようになり
頭の回転も非常に遅く、毎年帰省するたびに毒舌な妹に

あんたっ! そんなボーっとした人間じゃなかったでしょーが!!

いつからそんなスローペースになったん!?

一体、何があったら そんなにネジが緩んだり、外れたりするの?


などと、言われる。
妹は、怖い....


なぜ、こんな風に 180度変わってしまったのかといえば
うつ病だったり、様々な出来事がきっかけで
自分が苦しくならないよう、自然に色んなものを排除していった結果なのだが
時節、自分が生きているのか、死んでいるのかわからなくなることがある。

喜怒哀楽の塊で、人に迷惑もたくさんかけたけれど
迷惑をかけた分、散々叩かれたけれど それでも、あの頃の私は
少なくとも..."生きていた"。


怒りのツボは、多種多様 とにかくいつも怒っていた。


人の行動の意味がわからないと、いちいち腹を立てるくせに
自分が、誰かに腹を立てられたら逆切れし
ちゃんとやっているのに、上司や先輩に注意されたら
いちいち反論したりしていた。
まず、初対面で、相手に好印象を持つことは稀で
まず、相手の粗を探して否定をし
徐々に、それが誤解だったと気付くのがパターンだった。

典型的な、やな奴...それが私だった。


と、振り返ってみると.....


もしかしたら、あの頃の私の怒りのツボはある意味正常だったのかもしれない。
とも思う。


もちろん、私は 何事も極端から極端にしか動けないために
こんなに常に怒っていて、何が正常だ! と思われるかもしれないが
私にとっては、今よりは 正常だったのかもしれない...ということ。


少なくとも、自分で自分が腹を立てる明確な理由は存在したし

お前は怒りすぎだ!! と言われたとしても

お前の怒りのツボは、狂っている!! 

言われるようなことは、なかったからだ。



どこで、私の怒りのツボはおかしくなったのだろう?

そして、それは悪いことなのか、私にとってはいいことなのか
周囲にとって、どちらが迷惑なのか
考えるよい機会をいただいた。



つづく


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