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すみれの話ー大人編

  1. さいしょの記憶 (02/04)
  2. 奇跡の足ツリ(02/13)
  3. 厄日...これぞ厄日(01/20)
  4. すみれ就職への道...3部作〜最終章(01/15)
  5. すみれ就職への道...3部作〜その2(01/15)
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ココロのひろばの長編シリーズものは

キオクノトビラにてご覧ください。


私と、モモの生育歴などは

みずいろのかいがらにてご覧ください。



さいしょの記憶 

2008.02.04
ぴーまんさんの所で 雪遊びの記事を見て懐かしく思い出す…
私も、彼女と一緒。
寒がりなくせに雪を見るとテンションが上がる!上がっちまうっ!

残念ながら、我が家の娘たち
(正確に言うとモモは。マルは一度だけアリ)
はまとまった積雪を見た事がない。

現在の私のテンションは 明らかに子供の時以上である。

それは久々に見る雪を懐かしく思う感情なのか
それとも、雪国にいたころは、雪が珍しくなかったからなのか
それとも、まだ雪の楽しさを知らない娘達に
それを教えてあげたいからなのかは定かではない。

ぴーまんさんも私も ○手県にある○岡市の出身である。
私は3歳までの3年間しかそこで過ごしていないのだが
この時期になると○岡時代をパッと思い出す瞬間が増える。

大事な記憶をいつか忘れてしまわないうちに
書き留めておかなければならない。
実際、浮かんでは消えていくものが多く、一瞬浮かんだ鮮明な記憶が
もう二度と浮かんで来ない事も多々あるのだ。


当時の私の家は、交差点の傍にあった。家の中から信号が見えた。
隣には、菓子屋さんがあった。

その菓子屋さんはうちの左隣にありそこが角地であった。
作りたての並んだ団子を母の背中におんぶされた私が必死に手を伸ばして
取ろうとしている。
粉(何だろう?白玉粉?)の中に手を入れた時のなんともいえない感触。
その手をどうしたのかはわからないが 母の頭に白い粉がいっぱいついていて
白い三角巾をした金歯のおばさんが掃い落としていた。
(母の髪を掴んだのか!?)

その頃の人の口の動きや 声の記憶はあるが
言葉は出てこない。

歩き始めてからも
私の記憶は団子をつまみ食いしている類のものが多い。

私はいつも家の裏のドアから
菓子屋さんの裏口に回り勝手に調理場?に侵入していたのだろう
その裏口から入る瞬間の記憶はバリエーション豊富だ。

ハイハイして入って行く感覚もあるし
なんと三輪車で入った事もあった

馬鹿である………

私の悪戯はひどかったのだと思う。
(都合の悪いことは覚えていない)

おじさんはいつも怒っていて、おばさんはたいてい笑っていた。

そして私はいつも粉まみれだった。

菓子屋の受けた損害のことは、さておき....

(いいのかっ!?)



私の家の付近にはパチンコ屋さんがあり、その前で
チンドン屋さんと言われるものすごい人々を見た記憶があるのだが
これは盛岡の繁華街に買物に行った時の記憶とごっちゃになっている
可能性がある。
とにかく、衝撃を受けたのだ。


化粧や衣装がどうのこうの...ではない。
いや、それもあるのかもしれないが
あの音量がとんでもなく怖かったのだ。

それから、物乞いの人々のこともよく覚えている。

母は、何か言いながら、よくわからない何かを渡していたが
それは、3歳で引越しした福島でも同じ光景を見たので
母が何と言っていたかわかる。

ちゃんと働きなさいよ〜!!

と言っていた。

そうそう、窓を開けたら猫が寝ていた。
私は、窓の下のトタン製か何かの外壁をバンバン叩き
起きなさい〜〜〜!と何度も繰り返した。
しかし、猫は起きなかった。
しばらくしてから、母に猫が寝ていることを教えると
母は、その猫を土に埋めていた。

猫は、死んでいたのだ。

その時は、死の意味も理解できず
ただ、土に埋められていく猫を見ていた。


それから、今思い出すととても奇妙な記憶がある。

私は、母と一緒にバスに乗っていた。
ボロボロの帽子と、下駄を履いた学生さんが笑ってた。
私のホッペを突いたり、手を握ったりしていたので
私はまだ乳児で母に背負われていたのだと思う。
(多分...)

とにかく、ボロボロの帽子と下駄のその軍団は
何度かバスに乗ったときに見ている記憶があるのだが
あまりにも時代錯誤である。でも、確かに見ている。

この記憶は、割と繰り返しているので鮮明である。
何故、下駄なのか...ということに気がついたのは
20歳過ぎてからだったと思う。
当時は流行っていたのかもしれん。

そして、私は以前「すみれの怪しい感覚」という
記事を書いたことがあるが
この雪の匂いや音の感覚は、もしかしたら
自分が産まれたときの匂いと音だったのではないかと思うようになった。

私が生まれた時、外では雨が雪に変わっていたという。

自分がこの世に仮死状態で生まれ、我慢して我慢して
最初に吸い込んだ空気に雪の匂いが含まれていたのかもしれない。
それとも、病院を出た瞬間の匂いが雪の匂いだったのかもしれない。

スヤスヤと眠っていたときに
外では雪が降り積もり、その音と匂いを
母のぬくもりと共に感じていたから、忘れられないのかもしれない。


だから私は、雪が降るととてつもなく
懐かしい気持ちになるのかもしれない。








奇跡の足ツリ

2007.02.13
おかんさん
が、タルトさんの掲示板に書いたこのお話から物語りは始まる。

なぜだか赤信号に引っかかる日ってない?
それってさ、偶然ではないらしいよ
その信号に引っかかるおかげで何かしらの
災いから逃れられてるらしい!
なんだかね、人間にはそんな不思議な力があるらしいわよ



私は、思い出したことがあった...

旦那が最終電車に乗り遅れ
深夜に3つ向こうの駅に迎えに行く事になった。

寒いし、時間も遅い...早く迎えに来てくれ!!
と、旦那は言っていたのだが
いつもは夜中に起きる事が絶対にないマルが起きてきた...
マルは怖い夢を見たのか、寝ぼけていたのかはわからないが
泣いていたので、置いていく訳にも行かず...
私は、マルを毛布にくるみ車に乗せた。

そのまま出発してしまおうかと思った。
モモも、起きる事がない。
しかし、1人で置いていって
もし、起きてしまったら...?そんな事を考えたら...
私は階段を駆け上がり、モモも毛布にくるみ車に乗せた。

モモは、熟睡で車に乗っても目を覚ます事はなかったが
マルは、ただでさえ不安で泣いているのに、車にいきなり
乗せられたものだから、ますます不安が募り...
珍しく大声で泣いていた。

モモを降ろす間、うちの玄関は開けっ放しだった。

私は、階段を一段抜かしで駆け上がり、玄関を閉め
車に向かい、猛スピードで降りようと...した...




ピキーンッ!!!




アウ〜チッ!!


ツッたのだ!!足が...ツッたのだ!!

私は、よく足を攣る...
トイレで攣った時は、1つ年上の先輩が私の痛がる声を聞き
私の個室まで飛び降りて救助してくれた。

上野駅で新幹線に乗る為に、あのものすごく長いエスカレーターの
上で、足が攣った時には、痛がっているうちに
逆向きになってしまい...エスカレーターの階段に腰を降ろす
格好になってしまった。
私の後ろの乗客は、エスカレーターで上っていく間中
痛がる私と向かい合わせで、とても気まずかったに違いない...
そして私は、母に引きずられるようにして
命からがら、降りたのだった...

そんな感じで、いきなり足を攣る事は珍しい事ではなかった...
しかし、この時の攣りは尋常ではなかったのだ。
いつもは、指の先..もしくは、ふくらはぎに限定されていたはずが...
いきなり、左足全体を襲ってきたのだ。
付け根から、足の先まで何だかよくわからないが
全部がピキーン!!だったのだ。

こ..これは、激痛...

旦那は待ってるし...
子供は冬の深夜の車の中に、暖房もつけずにいれっぱなし。
しかも、マルは泣いている。


いそがねば...

私は焦った...
でも、痛みを我慢しても左足は動かない...

せめて、車に暖房をつけてあげなくて....は....


自然に、私は貞子の体勢になっていた。
もう、這うしか道はなかったのである。
手すりに捕まりながらも、うつ伏せで這って降りる
のは、怖い...
せめて、足が下を向いていれば良かったのだが
頭を先にしてしまった為に、私は恐怖におののいた...
(私を目撃した人間の方が怖いに違いないが...)


激しい痛みと、落ちるかもしれない恐怖...
とても風の強い日であった。
吹き付ける風と地面の冷たさで、私の身体は硬直した。



ううう...ッ


はうッ...


う..いっいだい.. 
訳):痛い


私は、必死だった...
ダイハードも真っ青のアクション。
1つ1つの階段を私は、命がけでクリアしていった。
注)3階からである


2階の踊り場で、私はやっと方向転換をした。
足から降りる事が出来るように
上手に方向を変えた。
すでに、私が着ていたコートの袖は擦り切れていた。

方向を変えたことにより、劇的に降りるのが楽にはなったのだが
激痛と、寒さだけは変わらず...私は自分を叱咤激励した。


コラ!!あきらめたら、あかん!


根性なし!!


意気地なし!!


私!頑張れ!わたし...

がんば...れ..!!



やっとの事で車に辿りつき

最後の力を振り絞りエンジンをつけたが...そこまでだった...


座る事も出来ない。
ましてや、運転する事など...無理であった。


そのままアザラシのように冷たい地面に横たわり...

私は、星を見ていた。

痛みはだいぶマシにはなっていたが、少しでも動かす事は
自殺行為...完全に波が去るまでは、動いてはいけないと
私は体で知っていた。
途端に、痛みが復活することがあるのだ。


車ではマルがますます泣き、モモもとうとう目を覚まし泣いていた

旦那からの電話も私のポケットでジャンジャン鳴り響く...


私は、星を見ながら...
ここで眠ってしまったらどうなるのだろうか..と考えた。
こんなに痛いのに、こんなに寒いのに...


私に睡魔が襲ってきたのだ。


ダメよ!寝ちゃダメ!!
私が寝たら、残された子供達はどうなるの?
それに、こんな所で冷たくなっているなんてごめんだ!!

私は、車に這い上がる。

どれくらいの時間が経過したのかはわからない。
暖かい車内で少し元気を取り戻した私は、ゆっくりと
車を動かした。



旦那が待つ駅の手前では
大きな事故があったらしく、救急車やパトカーが来ていた。

旦那に散々遅いとなじられて、足を摩りながら
私は、後部座席でいつしか寝てしまっていた。
(もちろん降りた)


次の日の新聞...

車3台が大破する大事故で、2名の方が亡くなった。

時間を見ると...私たちが通ったちょうど20分ほど前の
出来事だったようだ。


いつもは絶対に起きないマルが起きてきた事...
(私は、子供を車に乗せなければ、足が攣る事はなかった)

そして、私が足を攣った事...

そして、間抜けな私が、頭から階段を降りたために
時間をロスした事が...すべて吉と働いたのだろう...

もしかしたら、この中の何か1つでも欠けたら...
と思うと...
目をつぶってシャンプーする事ができないのである。





追記:この「奇跡の足ツリ」というタイトルは
   タルトさんの掲示板で、私がこの話を短くまとめて
   書いた際、タルトさんの返事の中にあった表現であり
   ます。とても、記事に合う表現なので
   今回タイトルに使わせて頂きました。
   タルトさん、ありがとう。
   





厄日...これぞ厄日

2007.01.20
昨日は、厄日であった…

まず朝イチ…寝坊をした。

なんと!携帯の時計が1時間遅れていたのだ…。

マルの小学校へ遅刻する時間ではなかったが
集団登校には当然間に合わず…
車で送る事にした。

車にする事で、少し時間が出来たので

私は掃除機をかけ始めたのだが…

またしても!

足の小指の爪を剥がしてしまった…

何度剥がせば気が済むのだ!
掃除機をかける私は激しい…
急いでいる時は尚更だ。

勢いよく小指に激突した瞬間…

カラカラカラ〜と私の小指の爪は
掃除機に吸い込まれて行ってしまった。


アウチッ!!

でも急いでる!
私は激痛と戦いながら
掃除機をかけ続けた。

そして、車に飛び乗り…
エンジンをかけたのだが

窓が凍ってるっ!

時間がないっ!
私はワイパーを動かし、
ウォッシャー液を出そうとした…

ウォッシャー液がない!!一滴も!

あかん…霜を取っている場合ではない。
私は後悔した…掃除機さえかけなければ…(涙)

私がどのような行動に出たかと申しますと…

小指の激痛と戦いながら
暖房を最高温度にし、
窓を全開にした上で…
運転席側の窓から顔を出しゆっくり運転し始めた…



フロントガラスの霜は車が動き出すや否や
かなりのスピードで溶け始めたが その間に
一台の対向車とすれ違った。

対向車の人は、遠くからすでに私の姿が目に入り
笑っていたようだ…
すれ違う瞬間、こっちを見て笑っている男女の顔が見えた。

確かに怪しいだろう…
私もこんな人とすれ違ったら、一日中妄想してしまうだろう。

何とか学校に着き、校門に入るマルを見送り
車に乗り込むと、マルの担任の先生が車で校門に入ってきた。
先生も、私に気がついた様子だったので
車から降りて、少し挨拶を交わした。

すると、向こう側から車が来る。
校門前に駐車したままでは邪魔になるので
私は先生を見送りながら、急いでドアを開けた。



視線は、先生の方...

私は、焦っていた...

私は、ただでさえ力が強い...





ドアはものすごい勢いで


私のおでこに激突した!!(角!!)




それはそれは、久々の気絶寸前の痛みであった。

私が毎日のようにやっている
引き出しが開いているにもかかわらず
上を確認せずしゃがんだ体勢から立ち上がってしまう
あの痛みなど比ではない...



ましてや、朝の小指の爪はがしの痛みなど
どこかへ吹き飛んだ。

しかも、あろうことか私が見つけた車は
校門に入る様子もなくどこかへ行ってしまっていたし
先生の車もスーッと行ってしまった。

完全に1人取り残された私...

おでこを押さえて、車に乗り込む瞬間...
3年生の女の子2人が、裏庭で完全に固まってこっちを
見つめているのが見えた。

間抜けな大人を初めて見たような顔をしていた。

早くその場を立ち去りたい一心で、車を動かしたが
すぐに路肩に止めて、もがき苦しむ...
触らなくても鏡を見なくてもわかった。
私のおでこは、漫画のようなたんこぶになっているはずだ。


家に着いてから、すぐに
小さな保冷剤をバンダナでくるみ、はちまき風にしてみる。

痛みは全く治まる気配もなかったし
午後から、モモの療育で片道2時間電車に乗るのだ。
痛みはともかく、腫れをなんとかせねばならなかった。
眉間に限りなく近い、左の眉頭の付近だったので
腫れは、鏡で見ずとも視野に入るほどであった。


腫れは少し引いたが、私はモモと電車に乗った。
電車の中でも、恐ろしく痛み
モモに話しかけられても、答えるのがやっと...
無邪気に、はしゃぐモモの横でしばし物思いにふける。

私がもし、ここで...
それとも、療育先のあの知らない街で倒れた場合
この子はどうなるのだろう。

まあ...療育先に着けば安心である。
先生が、なんとか預かってくれるはずだ。
でも、私がモモを待っている間、1人で倒れた場合は...
最悪の事態を考え出した私...

この打撲は、自爆とは考えにくい。
あまりにも間抜けだ。
もしかしたら、事件に巻き込まれたことになったり
変死で片付けられることも考えられる。
それでは、家族に心配をかける。


私は、友人にメールをした。

頭をぶつけたことと、もし何かあった場合は
そのことを家族に伝えて欲しいと。


結局何事もなく、帰路につくことができたが
乗り換えの大阪駅にて小走りの私とモモ。
電車が閉まるまであとわずか...


どうしても乗りたかった。

しかし...


私は、その電車をうつ伏せのまま見送った



なぜ...うつ伏せかって??






自分の足で



自分の足を




踏んでしまったのだよ




その日に限って、スカートだった私。
タイツは思いっきり破れて血が流れていた。
バッグの中から、手帳や携帯も飛び出し
周囲の方に拾っていただいた。

私は、なかったことにしたかった。
しかし...それを許してくれるモモではなかった。
電車の中で、モモは



お母さん痛い?


お母さん転んだの?


何で転んだの?


何で血が出てるの?



悪夢は40分続いたのだった。











すみれ就職への道...3部作〜最終章

2007.01.15
さて、今回が最終話。

まだ読んでいない方は、前回の2つの記事をお読みください。
この話は連続3話でお送りしています。

すみれは無事就職できるのか...

ここまで来てやっと私は、気がついたことがある。

もう慣れない事はやめようじゃないの!!

疲れ果てた私は、どうでも良くなった...
メイク道具を見るのも嫌だった。



数日後のこと...私はインフルエンザになっていた。


1人暮らしだったので、私は1人で病と闘っていた。
薬の影響か、幻覚の様なものも見ていた。
そんな私を心配した私の母は、
都内に住む「いとこ」を金で雇った。

私より2つ年上の遊び人。さっちゃんである。
彼女は、少々変わっているが
私は彼女を姉のように慕っていた。

さっちゃんは、遊び人なのに飛んできてくれた。
そして、インフルエンザで全く食欲のない私に
から揚げやら、シチューやら、ハンバーグやら
たくさん作ってくれた。

味は美味しかったと思うが
私はほとんど食べることができなかった。
食事をするのに起き上がることもできない状態だったのだ。

でも、さっちゃんは気を悪くすることもなく
笑顔で、近くのコンビニまで冷たいものなら食べれるかな?
と行ってくれた。

帰宅したさっちゃんは、こう言った。

「おばちゃんには、明日の夕方までって約束したんだけど
帰っていいかな?ちょっと、彼氏が...」

コンビニに行ったついでに電話でもしたのだろう。

帰るのならそれでもいい。
どうせ、帰ると思ってたし(笑)

でも...食器を片付けてから帰ってくれ〜〜っ(泣笑)

あ〜〜帰っちゃったよぉ...(すみれの心の声)



(後日母に聞くと母はさっちゃんに3万円振り込んだらしい。
私は母に申し訳なかったので
さっちゃんはきちんと次の日の夕方までいたことと
お金はいらないって言ってたよ!と嘘をつき
自分の貯金の3万円を渡した。
すると...母、水臭いと言って私の目の前でさっちゃんに
「これは好きに遣いなさいよ」と渡してしまったのだ!!
さっちゃんは、え〜♪いいのぉ!!と喜んでいた。
かえせ〜〜〜っ!(笑))



さっちゃんが帰り、食器や使った鍋が溢れかえる部屋で
私は更に熱が上がって動けない状態になっていた。

もちろん電話なんて取ることが出来ない状態だったので
電話が鳴っても無視をしていたが
なぜか、その電話には無理して起き上がり
やっとのことで受話器を取る私。


学校の先生からだった。


「具合はどう?」

「寝てます」

「熱は?」

「42度...」


うわ〜困ったな。42度じゃきついね大丈夫?
実はね...すみれがどうしても見学に行きたいって
言ってた所、今日面接してくれるんだって!
いきなり面接だって。見学ナシの面接よ。


今日逃すと、難しいかも...でも、無理だな。

先生がため息をつく。



私は、どうしても行きたかった。
なぜか惹かれて仕方がない所だったのだ。
条件も、ずば抜けて良かった。
でも、それだけでは説明できないくらいの
不思議な気持ちだった

私は先生に、行きます!と返事をした。

面接は、その日が最終日だったのだ。
見学なんかしなくてもいい。
そこに行きたいのだ。

私は、タクシーを拾って面接に向かった。


タクシーの運転手さんは
私が乗るや否やシートに倒れこんだ姿を見て
大変心配してくださった。

車中での会話はほとんど覚えていないが
何しろ優しい方だった。
そして、私が降りるときに


「ここは、タクシー拾えないよ!


そこの通りに出るのにその分だと


お客さん歩けないでしょ?


面接終わるまで、ここで待ってますから。


料金はその分いらないから」




面接場所の病院に入ると、受付には
この世のものとは思えない、美しいお姉さまがいた。
そしてにこやかに、私を院長の下へ案内してくださった。

院長は、私を見て驚きを隠せない様子だった。
そして、一瞬とても嫌な顔をした。


学校から連絡は受けました


インフルエンザで今、寝込んでいるそうですね。


手短にしましょう...




私にいくつかの質問をする。

その中に

「お父さんの職業は?」
という質問があった。

すると...何とも偶然なのだが
先生のお父様と私の父は同じ業界の人で
これまた偶然なのだが
先生はうちの父のことを知っていたのだ。
一緒に仕事をしたことがあったそうな。

そして更なる偶然が...

私の祖母と叔父が、都内で歯科医院をやっていたが
先生はとても親しくされているらしいのだ。


そして...
これには、本当に私も院長も驚いたのだが
先生の両親は、東北の出身で
私と、先生のお母様の出身高校が一緒だったのだ。
私の父は、東京の会社に行くことが多かったので
先生は、父は東京に住んでいるものだと思っていたらしいのだ。
まさか...○○市にお住まいだったとは...
すごい、偶然ですね。
本当に驚きました...


でも...院長は最後にこう言った。




具合が悪いところ、無理して来て下さったその


気持ちはとても評価しますが.......


一応、面接なのでね...


スーツとは言いませんが、髪をとかして


普通の洋服に着替えてくるものですよ


コホン!!





その瞬間まで、私は本当に気がついていなかった。

私は...私は...







パジャマで面接に行ってた!!


しかも...上着の方は、しっかりズボンに入れられてた...

その後、数日は生きた心地がしなかった。

とうてい、採用になるとは思えなかった。



しかし...奇跡は起きた。



パジャマで、寝ぐせで...採用された。



私は、ここで今の主人と出会った。



そう...インフルエンザにもかかわらず

熱が42度あったにもかかわらず


私はどうしてもここを逃したくないと強く思った。



そして、子供達に出会った。

私は、この2人の子供達に出会うために
そして、今私の周囲にいる大切な大切な人達に会うために
あの日、パジャマ姿でタクシーに乗ったのだろう。
そう思わずにはいられない。








すみれ就職への道...3部作〜その2

2007.01.15
本日2回目の記事です。

まだ「その1」を読んでいない方は
そちらから御覧下さいね。

前回の失敗をふまえ、2度目の見学時は慎重を期した。

今回はグレーのワンピースにすることにして
前髪は横に流し、落ち着いた自分を演出することに決めた。
ちょっとその頃流行していたコンサバ。
私が滅多にすることのない女らしい格好であった。

メイクはもう、失敗をすることはできない。

今回は、あまり厚化粧にならないように
友人に「ナチュラルな仕上がりなの〜」と勧められた
リキッドファンデーションを
自分の肌の色に合わせて混ぜ合わせ

眉は、あくまでも自然に...
そして、迷った末にアイメイクは、しないことにした。
もちろん、リップライナーなどはいるはずがない。

ファンデーションと、眉と、口紅のみ。

シンプルである。
シンプルすぎるが

この組み合わせなら失敗のしようがない。

鏡を見た私は愕然とした!!



まるで設楽りさ子みたいじゃない!

今日の私は、設楽りさ子だわ♪




(うう...気持ちはわかる。

だが、深呼吸して落ち着いてください

私のただの妄想ですから〜〜(涙)



意気揚々と出かける私。



今回の見学では、質問をすることもなかった。

とても良さそうな所で
スタッフさん達はここもフレンドリーであった

ただ...どうでもいいことなのだが
1つだけ、気になって仕方がないことがあった。

ここでは、全員が


白い白衣に


黒いストッキングを履き


その上に白い靴下を履いていたのだ!!



ううう...これは私には重大な事柄である。


ここに勤めるともれなく私も

この足元になるのだろう...


1人残らずその足元であることから
これは院長の作った規則なのか...

それとも、お局様の指示に違いない。

みんなにこやかに仕事をしているが
こんな足元で恥ずかしいと思っている人もいるだろう...

きっと逆らうことは、身を滅ぼすのである。


ごめんなさい。私はその規則に従うことはできません。
ここも良さそうだったのに、とても残念であった。

帰り際、私を見送りに来て下さった方が
とても素敵な方で

ご縁があればいいですね...
と言ってくださった。

なんだかジーンと来た私は、揺れる心と闘いながら
靴に履き替えようと、腰をかがめる...





ぬっぬおおおおおぅぅ〜〜!!



設楽りさ子は、なぜか...


デーモン小暮に変わっていたのだ。

玄関の鏡に映る私は...


面接



リキッドファンデーションと、素肌の境目がくっきり残り
顔が、ものすごく小さくなっていた。


その小ささは、キョンキョン以上であったのは間違いない。

私はそのまま、駅のトイレまで走り自分の顔をよくよく
映してみることにした。

前から見るとまさにデーモン閣下...
っていうか、彼の物真似をしているインチキ臭さが漂う

横から見ると、お面をかぶった人だった。

そして、私は調合を間違えたのか...
それとも商品を買う時点で
間違えたのかは定かではないが...

私の顔は、正確に言うと
ファンデーションが塗られた中心部だけ
白く浮き上がっている。



自分の顔を見て、ト○ンプマンを思い出した。




ト○ンプマンが...

私、私ったら...こんな顔で。
こんな顔なくせに...

あの、足元は真似できないわ。
ごめんなさい...だと〜〜〜〜〜!!!

お前の顔が真似できないっちゅうねんっ!!


そして、私の2回目の見学も相手に怪しい印象を残し
終わったのである。








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現在サイトのリニューアル中
記事の再公開もぼちぼちしています
コメント欄には、古い記事のレスが
並ぶことがあります。


大事なお知らせ

ココロのひろばのシリーズものを
別サイトに移しました。
詳細は、大事なお知らせを
読んでくださいね



2007年4月17日の記事

ズタボロ騒動すみれ6歳の春

2008年6月1日再公開しました。





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