ココロに染みる
- とっても心があたたまるお話(07/02)
- 素敵な記事の紹介です(01/08)
- みんなに贈りたい祖母の遺言(08/31)
とっても心があたたまるお話
2008.07.02
毎度御馴染み、私の親友なっちゃんの息子のイオ君のお話である。イオ君は、自閉症の小学4年生。
言葉は、最近少しずつ出てきた。
歌を歌ったり、名前を呼んでくれたり
中でも自分の要求を伝えることが出来るようになって
きたことが、私も嬉しい。
さて、イオ君とマルは同じ学校の同級生であるが
ここの同級生達とイオ君の関係は、本当に
見ていてほのぼのしてしまう。
イオ君ともう1人の自閉症のT君は、幼稚園の頃から
みんなと一緒だったからなのか、
本当に自然な形で、友達関係を築いている。
イオ君は、活発。
外で追いかけっこをしたり、ブランコなど
遊具を使って遊ぶのが好きだ。
人と関わることが大好きなタイプ。
音感は鋭いが、大きな音は平気。
一方、T君は電車と本が大好きで
静かに1人の世界で過ごすことが好きなようだ。
音声過敏で、ちょっと騒がしいと
耳を塞ぐ仕草をする。
結構対照的な2人なのであるが
子供たちは、2人とどう関わったらいいか
熟知していて
嫌がる時には無理に誘わないし
どんな事が苦手で、自分たちがどんな風に
動いたら、彼たちの助けになるのか
よくわかっている。
静かな遊びが好きなT君のところには
自分も静かに遊びたい気持ちの子が
やって来て、何も話さないけれど
一緒に本を読んだり、ボーっとしたり
するという。
ちなみに、前回のシリーズに登場した
マルの友達のえっちゃんは
このT君と一緒にいると、とても落ち着くので
しょちゅう、遊びに行って
T君に本の読み聞かせをしたり
ただ、そこにいてボーっとしたり静かな時間を
過ごすのがお気に入りなんだそうだ。
運動場を思い切り走り回りたい子は
イオ君を誘って、思い切り追いかけっこ。
イオ君は、追いかけられることのみ
が好きなので
自分は永遠に追いかけるだけなのだが(笑)
それでも、子供たちなりに楽しいルールを作って
遊びにしてしまう。
ある日のこと...
社会科見学の発表をしたそうだ。
イオ君も、クラスの一番最後に
発表をすることになっていた。
しかし...
言葉は、少しずつ出るようになっていたが
か行の発音が苦手なことと、一文字ずつ
区切りゆっくり読んでいくイオ君は
音読等の学習が大嫌いなのである。
その日も、発表をとても嫌がったそうだ。
みんなの前で、大きな声で泣き出し
どうしても、読みたくないと嫌がったという。
読ませようとする、加配の先生と
絶対に読みたくないイオ君の真剣勝負である。
すると...子供の1人が
先生!イオ君って、もしかしたら
みんなの前で読むのが恥ずかしいんじゃない?
と、言ったという。
後になっちゃんも先生も、私もこの発言には驚いたのだった。
ただ、私達は読むことが嫌いだと思っていた。
それは、自分の思うように発音が出来ないことと
あまり気が進まないにも関わらず
それを強制されることが、嫌なのだと思っていた。
なっちゃんは、
あの子に、恥ずかしいという感情があるなんて...
と、言っていた。
私もまさか、イオ君が嫌がるのは恥ずかしいからだ。
とは思っていなかった。
さて、子供たちは
そうかもしれないね!皆で一斉に見つめていたら、余計に読めないかも
しれない!!
どうする??
じゃあ、みんなで下向こうか?と、一斉に下を向いたと言う。
しかし、イオ君は読み始めない。
子供たちは、考えた。
みんなが、イオ君から見えなくなればいいと思う!
すると、クラスの子が全員で
がさごそと、机の下に潜ってみたそうな!!
しかし、イオ君は やっぱり
読んではくれないらしい...
やっぱり、教室にいるのはわかってるからみんなで、教室から出てみたらどうかな?
子供たちは、とうとう廊下に出てみることになった...
しかし....そこで、残念ながら
タイムアウトとなってしまった。
終業のベルが鳴り、時間に忠実なイオ君は
さっさとその場から立ち去ってしまったそうだ(笑)
だって終わりだもんね(爆)
この話を担任の先生から聞いたなっちゃんは
とても嬉しそうに私に話してくれた。
私は、感動で泣きそうになった。
素敵な記事の紹介です
2007.01.08
新年早々、とてもいいお話を目にしました。私はしばらくこの記事の前で感動のあまり時間を忘れてボーっと
しておりました。
くりのへやのおかんさんの1月5日の記事です。
ジオログは、記事にリンクが貼れないようなので
(貼れたらすみません...)
記事をそのままここで紹介させていただきたいと思います。
この素敵なおかんさんの手描きイラストもそのまま掲載させて
いただきます。
おかんさんには、数日前に了解をとってはいるのですが
まさか、このように丸ごと掲載とは思っていなかったら
ほんまごめんなさい。丸ごと掲載しちゃいました〜

色んな事を思い出し...
お正月、年賀状はたくさん届きましたか?
おかんはお正月に年賀状をせっせと
書いておりました…
で、昨年の年賀状を見ながら書いていたのですが
その中にあった親戚のおばさんの年賀状…
今の若い人は、自分の子供が
かわゆくないと云います
こわいですね
子供は神さんの子です
自分は昨年この年賀状を見てどう思ったんだろうか
今の自分にはなんだかずしっとくる言葉
子供は神さんの子です
自分の子供のようで
実はそうではないのですね
長く生きている人は上手い事言いますよ
子供を自分の所有物だと勘違いして
自分のいいように扱ったりする親もいます
悲しいニュースを見るたびに
そう思います
子供は何を求めて生きているのでしょうね
子供を与えられた親は
何を思い子供を育てていくのでしょう
自分は何を与えられるでしょうか
くりが2歳の時
保育園の連絡帳に書いたことがあります
今日は節分の豆まきをしました
くりが家の中にまいた豆を拾って
両手いっぱいに持っていました
どうか、この子の将来も
この手から溢れるほどの幸せをつかめますように
そう思いました
親が与えられる事って何でしょう
そんな事を思ったお正月でした
子供は、神様の預かりもの...
これは私もあちこちで見聞きしていました。
神の子が、神様と一緒に親の私達を選んでうまれてくるというお話。
私も、あちこちでこの話をしたように思います。
ましてや、障がいを持った子供はより慎重に親探しが行われると
言います。
その子を愛してくれる、そしてその子が必要で
その子と共に成長していける人物を選ぶのだそうです。
おかんさんの連絡帳の表現が、すごく素敵です。
くり君の下にたくさんの幸せが訪れますように...
そして、皆さんの下にもたくさんの幸せが訪れますように...
みんなに贈りたい祖母の遺言
2006.08.31
私の祖母は、小学校の教師だった。女手一つで私の母きょうだいを育てた。
そして、彼女は私や、私の母と同じくアスペルガーだった。
私は、彼女の事を心から尊敬しているので1つとして悪くは言いたく
ない。だから、彼女のアスペ症状は省かせていただきたい。
もちろん、彼女は診断されたわけではない。
しかし
私達3人とそして私の娘のモモは、紛れも無く同じ世界の住人である。
祖母が亡くなったのは、私が中学2年のクリスマスイブだった。
癌に侵されながら最後まで、病院に入院するのを拒み続けた祖母は
手術が終わるたび、すぐに退院して家で療養していた。
11月に、私達きょうだいに祖母から手紙が届いた。
祖母は、隣県に住んでいたのだが私の家から40分で行けるので
当時私の母は、看病に足繁く通っていた。
祖母の手紙には、そのことで私達が留守番になり淋しい思いを
させている事を詫びる言葉と、
これから、私達がしっかりと自分の足で人生を歩んでいくよう
激励の言葉が並んでいた。
祖母は、達筆な人だと記憶しているが
その手紙の文字は、震え、判読するのにとても時間がかかった。
祖母が、ペンを握る力さえ失っていたにもかかわらず
最後の力を振り絞って書いた魂の手紙だった。
最後に、私だけに宛てた文面があった。
私は、彼女に叱られてばかりだった(門柱でウンチしたりね)
でも、私の天真爛漫な性格と優しさは、私の武器であり一番の宝物。
あなたは、私の孫の中で一番素敵な大人に成長するでしょう。
と記してあった。
人生でつまづく事
たくさんあるでしょう。
色んな選択肢に悩むこともあるでしょう
自分が選んだ道を後悔することもあるでしょう
でも、人生に「もしも」は、ありません。
それは、私達人間はたいていの場合
最善の選択を知らず知らずのうちにしてきている
からです。
自分の歩む人生は間違っていません。
すみれの選択は間違っていません
どうか、自分を信じて生きていって下さい
最後にそう記し、字が震えてしまいごめんなさい...とあった。
祖母はこの手紙をどうしても自分の手で投函したかったようで
同居しているお嫁さん(私の伯母)の目を盗んで
健康な人でも、片道10分はかかるポストまで
歩いて行き、帰り道にとうとう倒れてしまったという。
それから数週間後に祖母は他界した。
彼女は定年まで教職を続けてはいなかった。
教職を離れて30年近くは経っていたと思うのだが
信じられないほどのたくさんの教え子達
どこまでもどこまでも続く花輪...
彼女がどれだけ人に慕われ、尊敬されていたか
私はそこで初めて知った。
彼女の遺言は、8人の孫のうち私だけに宛てられていたそうだ。
アスペルガーとは知らずに、ただただ生きにくい世の中と闘い
八方ふさがりだった当時の私の心を見透かしていたのだろうか。
それとも、自分に重ねて私を見ていたのだろうか。
ともかく、私は今まで何度この言葉に励まされ
自分を取り戻したかわからない。
この手紙は、一度読んだきりで目を通していない。
大切に保管してあるが、もう一度読み直すのは無理だ...
だから、祖母の言葉そのままではなかったかもしれない。
多分もっと、素敵な表現で書かれていたはずだ。
私のブログに来てくださった、私の大切な人たちに
私のことばで、この言葉を贈ります。
私からのささやかなお礼です。


