がんになった 1

私が最初に癌になったのは
40歳の時
父の死から始まった
怒涛の2011年の夏だった。

父の死、義父の脳出血
持病、家族崩壊
色んなことがあった最中でね
40歳健診のお知らせなんて
目にとまることもなかったのです。
当然のようにほったらかしでしたね。

4月に、原因不明の下痢が
続きました。
そういえば、父の葬儀の後に
夜行バスに乗るのに、下痢気味で
バスに乗る前に、下痢止めと
オムツを履いたのも後になり
思い出しました。
それは1月でしたが
寒さと、父を亡くしたストレス
かと思っていました。

4月の下痢は、ひどかったです。
油断したら漏れるくらいの
下痢が一ヶ月でした。

1月から4月までに20kg痩せて
いましたが、ダイエットを
していたので、病的なものだと
気づきやしませんでしたし
↑父の葬儀の時に
妊婦と間違われたのと
喪服が入らなかったのが
ダイエットの始まり(笑)

下痢は、ストレスかとばかり
思い込んでいましたね。
貧血がひどかったからか
氷をバリバリ一日中食べていたので
それも原因だと思っていました。

市販の下痢止めじゃ効かないの
だと受診して下痢止めをいただいた
のは5月。

暫くおさまっていたので
尚更ほったらかしの健診のお知らせ。


しかしね、そのお知らせが
掃除機をかけていたら
食器棚の後ろに落ちていまして
そのまま、どこかの引き出しに
片付けたのですが
たまたま、学校の大事な知らせを
探す羽目になり
学校のお知らせの代わりに
健診のお知らせが再び私の手へ。

なにも感じず、またその知らせを
引き出しの中へ入れた日の夜。

カレー皿の上に綺麗に着地した
健診のお知らせ。


引き出しから落ちたみたいでね。
これにはさすがにたじろぎましたね。

もう引き出しに片付けるのは
やめて、棚の上に置いた私。


次の日だったかな

私のカバンの中に
40歳健診のお知らせ が…。



棚の下に無造作に置いた
私のバックの中に、どうにかして
落下したのでしょうか…。


もうここまで来ると
気になって来た訳ですが
なかなか病院に出向く時間がなく
気力もなかった。

特に大腸がんの検査なんて
1番やりたくない検査だった
こともあり、まだ足は病院へ向かず。


モモが体調不良で
熱を出したか、下痢をしたかで
病院へ連れて行った際に
保険証をバックから取り出す際に
保険証に挟まって出てきた
健診のお知らせ…。


寒気がするくらいの
このしつこさ。

健診のお知らせは
受付スタッフの目に止まり
健診もご一緒ですね?

と、自分の意志とは
全く関係なくめでたく
健診の運びと
なってしまった。


大腸がんは、いいです!
今日は血液検査だけで!

と、必死に抵抗してみると


大腸がんの検査は
2日間の便を持ってくるだけで
済むとのこと。

しかし、ひどい便秘だと
説明すると
出た時で良いと笑顔を見せる
スタッフ。

一週間出ないのはザラなので
きっと忘れてしまうかもしれない
が、一応キットを持ち帰った。

ちょうど、勤めていた飲食店の
検便の時期でもあったので
便に対しての意識は高まり
忘れることはなかった。

奇跡的に2日間の便の採取に
成功した私は、ドヤ顔で
病院の受付にブツを届けた。
その時のやりきった感は
未だによく記憶している。


やりきっただけに
もう健診のことなど
すっかり忘れていた私は
福島に帰省した。



占い まとめ

これ以上のことは
まだまだ起こる可能性はある。
ただし、今年いっぱい。
というお爺さん占い師。

もう、これ以上はない。
あとは死ぬまで安泰の人生。
という女性占い師。


どちらにしても、あと少し。


私はあと、どれくらい
生きれますか?

長生きしたいわけじゃ…なくて(笑)
子供たちを残して死ねないので
子供達が落ちつくまで
生きていることはできますか?


お爺さんは頷いた。


私が聞きたいことは
生きる原動力となること。


それだけしっかりいただいた。





椅子にかけっぱなしの
洋服の山を眺めて、この記事の
最後をまとめてみた。



占い 5

帰宅した私は
マルとモモにこの話をした。

すると、2人は
お年玉で行きたい!と
言い出したので
予約を取り、2人を連れて行った。


やはりこの日も2人の情報は全く
占い師に伝えていない。


まず、モモに浴びせた占い師の
一言が


手に職つけないとね…
この子は特にね。


驚いたのはその後のこと。


この子にね、小さい男の子が
ついてきてるの…。

2.3歳かなぁ。
小さい男の子。

この子が、守ってくれてるね。


お母さんの兄弟か親戚に
2歳か3歳くらいで亡くなった
男の子いたね?
この子は海が好きでね…

血液の病気で亡くなったね。


モモもマルも何も知らない。
そこで知っているのは、私だけ。


私のいとこは、3歳で
白血病で亡くなった。


中学生だった私は、よく覚えている。
父の歳の離れた弟の子。
週末になると一家でうちに来て
お昼ごはんも晩ごはんも
一緒に食べていた。

次男だった彼はめちゃくちゃな
やんちゃ坊主で、いたずらばかり
して、私もよく叱っていたっけ。

釣り好きの叔父の影響か
魚が好きで、いつも魚の図鑑を
読んでいた。

その図鑑は、海の生き物。



モモが

お母さん知ってる?
その人知ってる?


と聞いてきたので



知ってるよ。
今、生きてたらね…
すごいイケメンだったね。


マルが、○○君に兄弟いたの?
似てる?○○君も○○君も
カッコイイもんね!

その子の兄に当たる子と
弟に当たる子の名前を挙げた。


似てるけど、亡くなった○君が
1番イケメンだったと思うよ。

占い 4

閉店してどれくらいの年月が
経つのか…昭和の面影を残す
小さな喫茶店で老夫婦が私を
待っていた。

鼻にチューブをいれた
男性が噂の占い師であろう。
にこやかなお2人の笑顔に
緊張が少しほぐれたような
気がした。

準備が整ったところで
テーブルに呼ばれた。
椅子に座ろうとした時に
占い師は、私の顔を見るなり
開口1番にこう言った…。


あなた亡くなったお父さんに
性格がよく似てる…

驚いた私は、しばらく
腰を浮かせたまま
占い師の顔を穴があくほど
見つめてしまった。

占い師とは、誰にでも当てはまる
話を相手の表情やリアクションに合わせて提供するものだと
私は思い込んでいた。

親に性格がソックリだと
言うのはわかる。
そんなことは誰にでも当てはまる。
それに私の年齢なら
片親が故人になっている可能性も
あるだろう。

しかし、占い師は
”亡くなったお父さんに”
と断言した。

優しい顔で目を細めこちらを
見ているおじいさん。


しかし、まだどこかで
その通りです!
私は父に性格が似ていて
父はおっしゃり通り、亡くなって
おります。

と、素直に伝えたくない気持ちが
私の顔を能面にした。

あなた、今人生で最も厳しい時期やね…。うん。
これね、2010年の秋から今年いっぱい続くね。
もう、トンネルの出口は
見えてきてるから
あとひと踏ん張りやで。

またこんな時期は来るけどな
今ほどではないわ。
今はキツイね。


私は何も語っていない。
ただ誕生日と名前を伝えただけ。


身体の左側は守られてるね。
怪我も病気も右側ばかりやな。


私の癌は右側だった。

占い 3

最近のこと。

同僚にある占い師の話を聞いた。

うちの娘、高校生の時に子供が
出来てね…。
相手の子も高校生なのに
産んで結婚するって言う訳よ!

堕しなさいと言っても聞かず
相手の親も産んで下さいって…。


困り果てた同僚は
その占い師の下へ相談に行った。

占い師は、産むも堕ろすも
結婚するもしないも自由ですよ。
自分で決めなさいって…。


でも、お腹の子は
可愛い女の子です。

とだけ伝えたと言う。


そして産まれた孫の写真を
嬉しそうに見せてくれた。
そこには可愛い女の子がいた。


また違う同僚の話を聞けば

毎朝、仏壇を綺麗に綺麗に
磨いているのはありがたいが
あまり朝から無理して頑張らず
たまには手を抜きなさいって
言ってますよ。

と言われたとのこと。

もちろん、彼女もその占い師とは
初対面で家に仏壇があることは
もちろん伝えていないし
それに繋がるような話も一切して
いなかったと言うから驚いたものの
あくまでも私は半信半疑であった。

昔の自分なら飛びついていただろうが、今の私には何も信じることが
出来ない。

私たち崩壊した家族は
7年の間毎週日曜日には
3箇所の寺社を巡りお参りをしていた。
毎月の墓参りも欠かさなかった。
それにより良い事が起きた訳ではない。
それでも、今生きていることに
感謝して手を合わせた。

2011年になっても半年は続けた。
しかし、マルが一緒の空気を吸いたくないと出かけるのを拒否し始め
家庭内別居状態になった私たち夫婦も次第にお参りどころではなくなった。

見返りを求めていたつもりは
なかったがこうも不幸続きだと
貴重な時間をさいてまで
行く必要性が見出せなくなっていた。


さて、その占い師の話に戻る。


人には動いて良い月とそうでない月があり、そうでない時に動いた時に
私が味わったような負の連鎖に
陥る可能性が高いという。
その占い師は、それを詳しく
教えてくれいただいたカレンダーは
一生役に立つとのこと。

それは私の心を少し動かした。
更に、その占い師は肺癌で
高齢であることを知り
私は、会いに行く事に決めた。


料金は2千円だったか3千円で
それ以上は何もかからない。
なんてこったい。
安いじゃねーか。

つづく



占い 2

オープンしたてのカフェの片隅で神経質そうな痩せた中年女性が、煙草をふかしコーヒーを飲んでいた。

私が向かいの席に座ると
こちらをジッと見つめて
守護霊について語り始めた。

あなたのおばあちゃん。
働き者で畑仕事をよくする方ね。


… … …。

はぁ……。


そこでまた煙草に口をつけ
煙を吐きながら

この方は、私と同じで
霊能力を持っている方やね。

と、女性占い師は頷きながら
こちらを見つめた。


… … … 。



あの…守護霊は1人ですか?



そうや。1人の女性やね。
思い当たる?



私の父方の祖母は、確かに昔
大きな畑を借りていたことがある。
しかしながら、働き者とは無縁。

母方の祖母は、女手ひとつで
母達を育てたので
働き者ではあると思うが
畑仕事とは無縁。

霊能力など無縁の家系だったが
ひとつ思い当たるならば
母方の祖母の妹が神主をやって
いたはずだ。

3人集まれば該当するが
1人となると、違う。

説明すると、それに合わせて
くるような気がしたので
私は、さぁ…思い当たりません。

とだけ答えた。


聞きたいことはひとつだけ。
守護霊とか前世とか
私にはどうでも良かった。
2011年から続いてきた
病気、事故、身内の死、病んでいる
娘、この状況はいつ終わるのか?

更にまだ追いうちが来るのか?


そうなら、私はもう
生きてはいけないような気がする。
気力も金も思考力も何も
残っていやしない。

この占い師が
インチキだろうが
本物だろうが

私は、ひとつだけの答えが
欲しかった。

2011年から
2012年までに起こった出来事を
一覧にまとめたものを
彼女に渡した。

彼女は、うんうん
書かなくても、読まなくても
私にはわかるわ。
といわんばかりに、妙に何度も頷き
時折目を瞑り、暫く無言で
大きな溜息と共に私の目を見つめて
涙を流し始めた。


大変だったわね。
と、一言では片付けられないね。
これだけの事がこの一年間で起こる
なんて、あり得ないこと。

あなた生きてる。

多くの人は、これ全て
乗り越える前に死を選ぶか
心が壊れてしまいます。

よく生きて、ここに
来て下さいました。


私の心はとっくに壊れてるけどね。
それは見えていないのか?
私は、そんなに強い人間に見えるか?


占い師は、石を繋ぎ始め
器用にブレスレットのようなものを
作り出した。



買うつもりなんかないのに
どうしよう…。

すると、彼女はそれを
私に握らせ
家のどこに置けば効力があるか
説明した上で


お代金はいりません。
それとね、あなた…


もうね、一生分の苦難を
乗り越えたからね(^^)

これからは、よく笑って
暮らせるから。


大丈夫。


ここで、私は初めて泣いた。


欲しかった答えがそこにあった。


もう終わったから
大丈夫。
もう何も起こらない。


出まかせでも何でも良かった。
ただ、ただ私はその言葉が
欲しかったのだ。
そしたら、あと少しは
生きていけそうだったから。











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